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ばあさまはわたしが眠れないでいると、寝かしつけに来てくださる。
掛け布団の上から、わたしのおなかをぽんぽんと、優しく叩いてくださる。今夜も庭の音が怖くてふるえていたら、来てくださった。
着物の上前を引きあげて座り、布団の上から、わたしのおなかを、ぽん、ぽん。
「みんなが言っているだろう? 家が鳴るのは家鳴り。火の玉は蛍」
ぽん、ぽん。
「ばあさま、わたし、青い火の玉を見たことがあります。あれも蛍ですか?」
「青い火の玉。それは目の錯覚だ」
「……今、お庭が五月蝿いのは?」
がささ、がささ。
「たいてい、鼬か狸めのしわざだ。なにも怖くねえさ」
がささささ。
「ばあさま、それでもわたしは、お庭の音が怖い!」
がささささ。ぎぇっ。ぎぇっ。
「そうかい? ……まあ鼬や狸に、鯉でも盗まれたら、たまらないね」
ぽん。ばあさまは着物の上前を押さえて、立ちあがった。
「追っぱらってくるよ」
ばあさまが障子をあけて出てゆく。
わたしは敷き布団と掛け布団の隙間から、ばあさまの着物の裾のあたりを見た。
ああ、やっぱり。やっぱり怖い。
ばあさまが庭に出てくださったので、すぐに耳障りな音は止んだ。
「ほぅら、これでひと安心だ。もうおやすみ」
障子をすこしだけあけて、ばあさまが囁く。
わたしは掛け布団を頭までかぶり、寝たふりをした。
「……また明日」
ばあさまが障子を閉めた。
ばあさまは、わたしのひいひいばあさま。
優しくて物知りで、着物が似合うばあさま。髪は真っ白、腰は真っすぐ。
たいへん長生きだけれど、まだまだお元気。ほんとうは、わたしのひいひいばあさまではないかもしれない。
ばあさまがひとりで庭に出て、なにかを追っぱらっているときは、ミシミシと音が鳴る。青い火の玉が飛ぶ。……さきほどは着物の裾から、ふさふさと、白い尻尾がのぞいていらっしゃった。
生来の臆病者であるわたしは、自分のうちが苦手だ。
ただ苦手ではあるが、きらいにはなれない。
ばあさまのような、ふさふさの尻尾がほしいなぁと、思うことすらある。
(終)
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