第1章 失って得たもの

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「え、いつの間に……って、私が倒れていた時ですよね。ということはわざわざここに戻って来てくれたんですか?」  鈴木さんの行動の速さに驚き、きっと慌ただしかった筈なのに私の傍にいてくれたことに感謝を覚えながら、私は母が鈴木さんを伴侶に選んでくれたことに心底ほっとしていた。  私の問いに静かに頷いて、鈴木さんは口を開いた。 「ええ、一応僕の娘になる人ですから、心配くらいしますよ!」  柔らかく微笑んだ鈴木さんに、私は思わず張りつめていた緊張が緩み、もう一度倒れそうになったが、両頬を軽く叩いてスマホを取り出した。 「すみません、少し電話してきます」  鈴木さんに一礼して私は病室を出て、自分が把握している母の知人と自分の会社へ訃報の連絡を入れた。  会社へ連絡したところ、一週間の休みを貰った。そして鈴木さんに渡された書類にサインをした後、彼と共に斎場へ向かい、通夜、告別式と嵐のような忙しさで母を見送った。 ****************** 母の遺骨を鈴木さんに託し、私は自宅へ戻った。部屋の灯りもつけず、そのまま眠ってしまいたかったが、疲れきった身体を癒す為にお風呂に入ることにした。 身体を洗い流し、暖かいお湯に身を浸すと、急に涙が溢れた。母の思い出をひとつひとつ辿りながら私は息も出来ないほど泣きじゃくり、暖かかったお湯がぬるくなるまで嗚咽し続けた。 涙が枯れ果て、私はのろのろとした動作で着替えを済ませ髪が乾くのも待たずにベッドに身を投げ、そのまま電池が切れたように眠りに落ちた。 空腹を覚えて目を覚ました私は、バッグからスマホを取り出し、充電しつつ自分が丸一日以上眠っていたことを知った。 ありあわせのもので軽く食事を済ませ、散らかったままの部屋を掃除して、母を亡くしたあの夜にするはずだった洗濯も始めた。 掃除を終え、出来上がった洗濯物を干しながら、テレビもつけずに夕方までぼんやりしていた私は今更になって母の形見が何一つないことに気がついた。 落ち着いたら母の家に行こうと私は決心し、鈴木さんに連絡を取ろうとしたが、連絡先を聞いていなかったことを思い出し、試しに母の携帯に電話をかけてみた。 幸い母の携帯はまだ生きていて、何回目かのコールの後に鈴木さんの声が聞こえた。 「こんばんは。夜分にすみません。今大丈夫ですか?」
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