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「……ありがとうしほり……できるかどうかわからないけど、優しく接する努力はしてみるよ……」
「……頑張ってください……」
苦々しい表情を浮かべながらそう告げた充さんに私はエールを送りつつ煮物に箸を伸ばした。
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調子にのって食べた反動で早速吐き気に襲われトイレに籠っていた私がリビングに戻ると、すでに洗い物の大半を済ませてくれていた充さんが心配そうに駆け寄ってきた。
ぼんやりとした私の様子に後は任せていいと言ってくれた充さんの好意に甘えしばらくベッドで横になった。
目を瞑り疲れきった頭で今日の出来事を反芻し、部下に優しくなった充さんの姿を妄想していた私は胸の中でもやもやと渦巻くなんとも言えない嫌な感情に気がついた。
充さんの魅力を知ってもらいたい気持ちに偽りはない。
なのにこの感情は何なのか?
自問自答を繰り返しているうちに、入浴を済ませた充さんが私を起こさないように静かにベッドに入ってきた。
いつものように後ろから私を抱きしめる充さんの温もりを感じているうちに私はもやもやの正体に気がついた。
《独占欲》心の中でそう確信した私は目を開けて充さんに向き直った。
「わっ、びっくりした。起きてたのしほり? もしかして眠れない?」
驚き半分心配半分で私を見つめた充さんに曖昧な笑みを返して静かな口調で私は答えた。
「少し考え事してました……。あの……充さん……さっきはあんなこと言いましたけど、やっぱり今まで通りの充さんでいてください」
「……えっ、急にどうしたの? 僕は別にかまわないけど……何で?」
「……私の知らないところで女の子に囲まれてる充さんを想像しただけでとても嫌な気持ちになりました……だからさっきの提案は忘れてください」
正直に胸のうちを吐き出した私を充さんは微笑みながら抱きしめて、こう耳打ちしてきた。
「それってやきもち?」
真っ赤になって頷く私にキスをした充さんは抱きしめた腕の力を少し強めて満面の笑顔で口を開いた。
「ああもう、僕の奥さんはなんて可愛いんだろう!」
「充さん……恥ずかしいよ……」
顔中にキスを受けながら消え入りそうな声でそう答えた私に充さんが追い討ちをかけるように続けた。
「安心して、しほり。僕がこんな姿を見せるのは未来永劫君だけだからね!」
「嬉しいです、充さん……私もずっと愛してます」
そんな殺し文句を言われ朱くなった顔をこれ以上見られたくなかった私はそう言って、充さんの背中に腕を回しその胸に半ば押し付けるように顔を埋め、存分に独占欲を満たして私は今度こそ幸せな深い眠りに就いた。
《了》
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