第1章 失って得たもの

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「たしか、今年で49だったかな」 「へえ、頑張ってるね。しほりも負けてられないんじゃない!」  からかうように奈々枝に言われ、私はついムキになって言い返した。 「わかってますよ! この歳になるまでまともに恋愛してきてませんから! それに……」 「『なかなかいい人が現れないからよ!』でしょ?」  若干喰い気味で、しかもご丁寧に私の物真似付きで答えた奈々枝に、私はロクな反論も出来ないままふくれっ面で俯いた。 「……もしかして、図星?」  ニヤニヤしながら聞く奈々枝に若干開き直り気味に私は答えた。 「うるさいな! その通りだよ、どうしたら人を好きになるのかさえ忘れかけてますよ! もう半分は干からびてますよ! 笑うなら笑え!」  私の大声と剣幕に若干奈々枝をはじめ周りの何人かの社員がドン引きしつつ憐れみの視線を感じたが誰も何も言わなかった。 暫くの沈黙の後、私の肩を叩きながら奈々枝が首を小刻みに振りながら、口を開いた。 「……しほり、まぁ、頑張れ。いずれいい人が現れるよ……。さぁ、仕事に戻ろうか?」 「そう言うなら誰か紹介してよ、頼むからさ」  私は奈々枝の肩を力無く叩き返しながら席を立った。 溜め息混じりでデスクに戻った私は、色んな感情を全て仕事にぶつけた。そのお陰か珍しく定時の6時に仕事を終えることができ、帰り支度を始めた私に同期入社で今は営業部にいる松塚巧が訪ねてきた。 「しーちゃんも今帰り? 俺も帰るんだけどこれから飲みに行こうよ?」 正直に言うと、私は松塚が少々、いやだいぶ苦手だ。  180センチオーバーの長身と社内でも指折りのイケメンで噂ではかなり仕事ができるらしいのだが、私のことを平然と《しーちゃん》と呼ぶことでわかるだろうが、女性関係であまりいい噂が聞こえて来なかった。 「え、いや、私帰って寝たいんですけど」 「えーっ。デートじゃないなら一杯だけでもつきあってよ」 「……ごめん、明日出勤だし、今日はとにかく無理で……」 「じゃあ、しーちゃんいつが空いてるんだよ、今度の金曜は? とにかく飲みに行こうよ」 「ええと……」 営業部仕込みの粘り強さでどんどん食い下がってくる松塚に辟易しつつ私は断る理由を探すべく、策を廻らせていた矢先スマホが母からの着信を報せた。
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