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「あ、母から電話が来てる。ごめん松塚また今度ね」
私は一方的にそう告げて、急ぎ足でその場を離れ、もう松塚が追って来ないことを確認して電話をとった。
「もしもし、お母さん。やっと日にち決めたの? ずっと待ってたんだから!」
松塚の誘いを断れた安堵からいつもより明るい声で対応したが、電話越しの相手は暫く沈黙していた。
「あの、もしもし……お母さん……?」
この謎の沈黙を打開すべく、私は再度誰何した。
「……佐藤、しほりさんですか?」
数秒の沈黙の後、聞こえてきた見知らぬ低めの男性の言葉に疑問と混乱で今度は私の方が黙り込んでしまった。
「あの……。僕は、澄江さん、じゃなかった、あなたのお母さんと結婚する鈴木といいます」
「あ、初めまして。母がいつもお世話になっているみたいで、今後ともよろしくお願いしますね。ところで、どうして母の携帯から電話をくださったんですか? 母は……どうしたんですか?」
声の主の正体がわかり私の頭の疑問符が増えたり減ったりする中で、私の考えうる最悪の予感が脳裏に浮かんだ。
その答えを払拭するために口を開きかけた私より先に鈴木さんの漏らした嗚咽が答えをくれた。
「……もしかして、母になにかあったんですか?」
「しほりさん……、落ち着いて聞いてください。お母さんが……、澄江さんが今しがた亡くなりました」
俄かには信じられない言葉に、私は鈍器で頭を殴られたような衝撃を受けた。
「今しがた亡くなった? 母が?」
後から冷静に考えれば鈴木さんの言葉をオウム返しにしている状態だが、そんな自覚すらその時の私には持てなかった。
「はい、僕も何かの冗談だと思いたいのですが……。しほりさん、大丈夫ですか?」
震えた声で問いかける私を心配したのか、同じくらい震えた声で鈴木さんはそう問いかけた。
「はい……、で、どうして母は亡くなったんですか? そして、今母はどこにいるんですか?」
とても大丈夫とは思えない状態に『はい』と答えるほど混乱はピークに達し、私はつい矢継ぎ早に質問をしていた。
「お母さんは今……、大学病院に運ばれています……。交通事故に巻き込まれて……」
全てを言い終わらぬうちに鈴木さんの本格的な嗚咽が聞こえ、私の目の前は真っ暗になった。
「わかりました、私も今から行きますので」
「はい……、待ってます」
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