第1章 失って得たもの

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「あ、こんばんは。はい、大丈夫ですよ。どうかしましたか?」 「いえ、たいしたことではないんですが、近いうちに母の形見を取りに、そちらにお伺いしようかと思ったんですが、肝心の鈴木さんの連絡先を聞きそびれていたもので」 「ああ、そういうことですね。そろそろ解約手続きをしようと思っていたので良かったです。しほりさんがよければ僕の番号を教えておきましょうか?」 「はい、是非お願いします」 鈴木さんの連絡先をメモすると、私は再び本題に入った。 「鈴木さんの都合のいい時で構いませんから母の形見をそちらへ取りに行ってもいいですか?」 「そうですね、では今週末の土曜辺りではどうですか?」 「大丈夫です。よろしくお願いします」 電話越しに頭を下げた私に、鈴木さんは柔らかい口調で尋ねた。 「僕のところ、結構わかりづらいと思うから駅まで来てくれたら迎えに来ますよ」 「あ、助かります。多分お昼頃になると思うので、駅につく頃に連絡しますね」 「わかりました。ではお待ちしてます」 鈴木さんとの電話を終え、私は奈々枝に仕事の引き継ぎのメールを送り、あまり眠さはないが、もう一度ベッドに横になった。 ****************** そして約束の日、私は鈴木さんに指示された自分の最寄りから3駅離れた駅に着き、鈴木さんの携帯に電話をかけた。 「もしもし、しほりです。今駅のホームに居ます」 「こんにちは、では迎えに行くので、5分後くらいに駅の出口で待っててください」 「はい、よろしくお願いします」 時間を見計らい、私は駅を出て、暫く待っていると、ロータリーに一台の車が止まり、クラクションの後、中から鈴木さんが手を振っていた。 私は車にかけよって一礼してから鈴木さんに促され、助手席に座った。シートベルトをつけながら簡単な挨拶を交わすと、車は母が住んでいた場所へと向かった。 「すみません、お忙しいでしょうに私の為に時間を割いてくださって……」 「いえ、こちらこそ。僕も澄江さんの遺品をどう整理しようかと思っていたところだったので、助かりましたよ」 あの日の病室でみた柔らかい笑顔を浮かべる鈴木さんを、私は初めて冷静にまじまじと見つめた。
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