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第1章 失って得たもの
入社2年目で初めて任された企画が成功し、満足感に浸りながら眠っていた3月半ばの日曜日の早朝、私は母からの突然のモーニングコールにたたき起こされた。
「もしもし、しほり。元気にしてる? もしかしてまだ寝てた?」
いつもよりワントーン高い母の声に少々戸惑いながら欠伸混じりで私は答えた。
「うん、今の電話で目が覚めたよ。こっちは元気にしてるよ。それよりお母さんなんだか機嫌良いけどどうしたの? なんかいいことあった?」
「うん、大有りよ! 突然だけど私、再婚するから! いい人なの! で、もうすぐ引っ越しするから、もうすぐアパート更新でしょ。あんたはそのままそこにいてもいいからね。今度しほりにも会わせるから楽しみにしてて」
「そうなの! よかったね。やっと幸せになれるね! おめでとう!」
矢継ぎ早に繰り出される母の言葉に半ば圧倒されつつも、私が十歳の頃に父を病気で亡くしてから、女手一つで私を育ててきてくれた母のこれからの幸せを思い、喜びの言葉を母に送った。
「ごめんね、しほりより先にもう一度ウエディングドレス着ることになるかも、って言うか着るからね」
「えー。そんなこと気にしてたの? おめでたいことなんだから、私のことなんて気にしないでよ」
「あはは、ありがと! しほりも早く良い人見つけてよ! 来月で社会人三年目でしょ。周りにだれかいないの?」
「残念ながらなかなか……。って、私の事はいいから顔合わせの日時決めてね。私もそれに合わせてスケジュール決めるから」
「わかった。そうする。楽しみにしてて! 何度でも言うけど、ほんんんっとにいい人なんだから! 母さんより5歳年下なんだけどね」
「へぇ、じゃあ44歳ぐらいなんだお母さんやるじゃん。はいはい、惚気は次の機会にまた聞くから」
「うん、たっぷり聞かせるから。覚悟してね、しほり」
スマホ越しにも幸せな様子が伝わる母の声に、私まで幸せな気分になった。
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母が電話をくれてから私は連絡を待っていたが、どうやら母のお相手が忙しい人らしくなかなか会うことができないまま4月も半ばになってしまっていた。
言い忘れていたが、私は25歳でそこそこ老舗の文具メーカー《寿文具》の企画部に所属している。
休憩中、同期の誉田奈々枝と社食でランチを摂りながら私は母の再婚について話した。
「へえ、やるね。しほりのお母さんも。今いくつだっけ?」
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