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Ⅰ 僕の家族
「――それじゃあ、行ってくるよ……」
ダイニングで各々好きなことをしている家族達に声をかけると、壁に貼られた全身の映る大きな姿見で身支度を整え、僕はいつものように学校へ出かけようとする。
「………………」
だが、これもいつものように誰も僕の言葉に返事を返してくれる者はいない。
テーブルの自分の席について新聞を読んでいる父さんも、キッチンで水仕事をしている母さんも、ずいぶんと余裕のあることにもソファに座って朝の情報番組に出ているアイドルのコーナーを見ている中学生の妹も、誰も僕の方を見向きもしようとしない。
……ま、いつものことだ。別に驚くことも、ショックを受けるようなこともない。
うちの家族は冷たいというか、干渉し合わないというか……そう、全員、自分以外の者への興味が非常に希薄なのだ。
今のように挨拶を無視されるのも日常茶飯事だし、そもそも誰も自分から話をしようとはしない。
家の外ではどうなのか知らないが、多感な年頃で口を噤むのも難しいと思われる思春期の妹からしてそうなのである。
この家の中で一番おしゃべりなのは、意外なことにもおそらくこの僕であろう。
「ヴィクター、行ってくるよ」
静かな家族達に見送られることもなく、玄関へ出た僕は靴を履きながら、傍に座る我が家の犬にも声をかける。
「………………」
でも、黒い耳の垂れたテリア系の白いその犬も、家族同様にうんともすんとも…いや、ワンともキャンとも返事はしてくれない。
ペットも飼い主に似るというやつだろうか? ヴィクターもやはり、無口でほとんどジャレついたりもしない、なんとも犬らしくない犬なのである。
「ほんとおまえ、珍しいほど静かな犬だよなあ……さ、行くか……」
ま、むしろその方が我が家の一員には相応しいともいえるのかもしれない……その寝てるか起きてるのかすらも怪しい我が家の愛犬にもう一度声をかけてから、僕は静寂に満ちた家を静かに出て、毎日繰り返されるルーティング通りに学校へと向かった――。
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