Ⅲ 日常の終焉

2/2
前へ
/9ページ
次へ
「つ、冷たい……」  場所がズレて手の触れたその首筋が異様に冷たいのだ。まるで死んでいるかのように、血の通った温かさというものがまったく感じられない。  それに、冷たいだけでなく妙に硬い……その皮膚に弾力はなく、なんだか生物の肉体ではなく無機物に触れたような感触である。  ……いや、この質感には覚えがある……子供の頃、興味本位で店頭にあるそれ(・・)を触ってみた時のものに非常に酷似している……。 「……そ、そんな……ま、まさか、そんなことが……」  僕はおそるおそる、物言わぬ妹の背後から、ゆっくりと正面に回り込んで、その疑念を確かめるためにその顔を凝視する……。 「…っ!」  すると、その悪い予想通りに、その顔は人間のそれではなかった……。  それは、マネキンだったのだ! 「そ、そんなバカな……と、父さん!? か、母さん!?」  今度は新聞を読んでる父さんと、洗い場の方を向いたままの母さんの顔も覗き見てみるが、やはり二人とも妹同様にマネキンへと変わり果てている。  瞬きこそしなくても、ついさっきまではちゃんと人間だったというのに、いったい、いつ入れ替わったのだろうか!? ……い、いや、それとも本当にマネキンに変わってしまったのか!?  ……わからない……何がなんだかまるでわからない……いったい、僕をとり巻くこの世界に何が起こったというのだろうか!?  完全に理解を超えたこの異常極まりない状況を前に、茫然自失となった僕は静まり返った馴染みある我が家のダイニングで、足元から崩れ落ちるようにしてその場にへたり込んだ――。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加