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Ⅳ 世界の外
さて、そうした彼の様子を、ダイニングの大きな姿見を通して密かに覗う者達がいた……じつはその姿見、マジックミラーになっているのだ。
そして、そのマジックミラーを挟んだ壁の向こう側には、この家の住人である彼もその存在をまったく知らない、家中の部屋を映す無数の監視モニターと、各種必要機材の並んだ秘密の空間が広がっている。
その隠された謎の空間で彼を興味深く見守るのは、白衣を纏った数名の男達と、そして、あの長く麗しい黒髪を持った美人カウンセラーだった。
「投薬でなんとか持ち直せるかと思ったけど、やっぱりダメだったみたいね。堅牢な堤も蟻の一穴から崩れ去る……少しでも疑問が芽生えれば、無理な暗示は瞬く間に解けてしまうってことね」
呆然と座り込んで動かない彼をミラー越しに見つめ、カウンセラーは少し残念そうにそんな諺を独り言のように呟く。
「この不測の事態、如何いたしましょう?」
彼女のとなりに少し年下ぐらいの若い男が、困ったというような顔でそう尋ねる。
「仕方ないわ。本実験は現時点をもって終了。被験体には精神障害が残らないよう、投薬と催眠療法を併用したケアをすぐに始めて。ま、ここまででも貴重なデータがとれたってことで、今回は良しとしましょう」
その問いに、彼女はてきぱきと指示を飛ばしながら、自分自身も納得させようとするかのようにそう答えた。
「いや、なかなか興味深い実験だったよ。本来の学術的な意味合いとは少々異なるが、その語源に即していうならば、むしろこちらの方が真の〝ピグマリオン効果〟だ」
彼女の指示に若いスタッフ達が忙しなく動き出す中、初老の男性が彼女のもとへ近づいて来て、その結果を褒め讃えるような口ぶりでそう述べる。
「暗示をかけられただけで、なんの変哲もないただのマネキン人形をこんなにも長時間、本物の家族だと思わせることができるとは……まさに彼はギリシャ神話のピグマリオンといえよう」
重ねて老人が口にしたその〝ピグマリオン〟というのは、ギリシア神話に登場する王様の名前だ。
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