Ⅳ 世界の外

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 その物語によれば、キプロスの王ピグマリオン(※またはピュグマリオーン)は、現実の女性に失望し、ある時、自ら象牙を彫刻すると、理想の女性ガラテア(※またはガラテイア)の等身大の像を製作した。  そして、最初は裸体であったその像に衣服を彫り入れるなど愛情を注いでいる内に、いつしか彼はその彫像に本気で恋心を抱くようになってしまった。  さらに彫像のために食事を用意したり、親しく話しかけたり……ついには彼女が本物の人間になることを願い、その彫像から一時も離れられなくなると、彼は次第に衰弱していった。  すると、その様子を見かねた美の女神アフロディーテが、彼の願いをかなえて彫像に生命を与え、ピグマリオンは晴れてガラテアを妻に迎え入れたのだという……。  この逸話から名前をとり、教育の場では「教師が期待を持って教育すれば、その生徒は期待されなかった場合に比べて成績が伸びる」という現象のことを〝ピグマリオン効果〟と呼んでいるが、彼女――スクールカウンセラーに扮している美人心理学者は、まさに「人形を人間として認知してしまう」という、よりいっそうこの神話通りの心理的作用についての人体実験を、彼を被験体にして行っていたのである。 「いいだろう。予算委員会には私の方から推薦しておくんで研究費については心配いらん。引き続きこの実験都市を使えるよう学会にもかけあっておこう」  どうやら心理学会の重鎮らしいその老人は、満足げな表情を浮かべて彼女にそう告げる。 「ありがとうございます。ご期待は裏切りません。今度はもっと長時間、より強力に人形が人間に変わる奇跡(・・)をご覧にいれることができるかと思います」  その後ろ盾になってくれるという嬉しい重鎮の言葉に、彼女は自信に満ちた声でそう答えると、愉快げに、だが冷たい笑みをそのギリシア彫刻の女神のような顔に浮かべた。                  (ピグマリオンの家族  了)
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