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「入賞できてよかったね」
「うん、頑張った甲斐あったよ~」
珠理と有希は、部活の賞状を手に、電車に乗って自宅へと帰っていた。
珠理は座席に座って、その賞状をまじまじと見つめて頬を緩める。今日は写真部のコンテストがあって、珠理と有希はそれぞれ初めて入賞を果たしたのだ。
正面の座席には、落選した同じ部の男子が二人──名は左が聡、右が三太。どちらも陰キャだ──が肩を寄せ合ってスマホゲームをしている。
ゲームをしながら、左の聡は、ちらちらと珠理を見ている事に、彼女は気付いていた。また、聡が自分に好意を持っている事も知っている。ちなみに、三太は有希の事が好きで、有希も三太の事が好きだ。両片思いというやつだが、お互い奥手で全く進展がない。
珠理はセミロングの黒髪で、スタイルは細め。学校では結構モテている。有希もショートカットの元気印で、男子から人気があった。ちなみに珠理は、有希が会話中に正面の三太をちらちら見ている事にも気付いている。
彼女達は同じ写真部で同じ中学出身。帰り道が同じなのもあって、よく一緒に帰っていた。ただ、特別に仲が良いわけでもないので、いつも駅でばいばいして終わりだ。特に進展も、深い会話もない。
部活仲間以上友達未満という、何ともよくわからない関係だ。そんな関係が続き、自然化してしまっているので、今更変わるのも難しい。
しかも、写真部の男子は彼女達より更に奥手で、彼らから話しかけてくる事は滅多にない。いつも会話は珠理か有希発信で、それでようやく四人での会話が成立する。彼女達が話かけなければ、こうして男女で分断して、それぞれで会話をするだけだ。
今も電車の通路が川のように隔たり、男子と女子をそれぞれ別のコミュニティと化している。
「なんか吉祥寺行きたくなってきた~」
有希が言った。入賞した事でテンションが少し上がっているのだろう。
それに、これは有希の出したパスだ。皆で遊びに行こう、あわよくば三太とも──という彼女なりの精いっぱいの努力なのだ。
「行く? 皆が行くなら行ってもいいよ」
珠理は心の中で溜め息を吐きながらも、ちらりと男子を見てそのパスを受け取ってやる。有希の気持ちを汲んで、敢えて〝皆が行くなら〟という文言をつけてあげたのだ。
珠理としては行ってあげたい気持ちと、早く帰って寝たいという気持ちが半々だった。いや、どちらかというとさっさと帰りたい気持ちの方が強かった。
そこで、〝みんなが〟という言葉を付け足して、男子達に選択権を委ねた。これは、珠理から男子に向けたパスでもあるし、意思決定権の譲渡でもあった。
有希の気持ちをさっさと汲め、でもどうせお前等は汲めないだろうからそのまま黙ってゲームでもしてろ、という彼女の本心など、きっと誰も気づかない。
そして、珠理の予想通り、男子からの反応はなかった。案の定、男子に出したパスは誰も拾ってくれず、コート外へと吹っ飛んでいく。
──ああ、またか。
珠理は心の中で大きな溜め息を吐いた。こういったパスのスルーは、一度や二度ではない。もう慣れっこだった。
「鬼滅の映画見たいんだよね~」
「ああ、泣けるらしいね。それなら来週行こっか」
「うん、いくいく!」
どうせ来週になれば忘れているだろう──珠理はそんな事を想いながら、提案してみる。高校生の約束など、適当なものだ。あらかじめ行こうと予定を決めていなければ、ぼんやりと流れる事が多い。
ただ、これも珠理としてはパスのつもりだった。今日はコンテスト帰りで疲れてるだろうし、来週なら乗ってくるのではないか、という期待を込めてパスを出す。
男子達も「俺等も行く」とでも言って会話に参加してくればいいのに、と珠理は思うが、彼女のそんな期待は見事に外れる。男子はちらりとこちらを見るだけで、またスマホゲームへと視線を戻したのだ。
──陰キャ男子は情けないな。
彼女は心の中で三回目の溜め息を吐いた。
珠理とて、聡の事が嫌いなわけでもはない。それなりに気配りもしてくれるし、丁寧にカメラを教えてくれたから、少しばかり好意は抱いている。ただ、どうしても付き合いたい、というわけでもない。付き合ってもいいかな、くらいの感覚だった。
ただ、そうして片想いをしてちらちら見ているだけでは、いくら同じ中学で同じ部活だからといっても、女心は動かない。何ならインスタで知り合った大学生から一緒に遊ぼうと誘われたら、ホイホイついていってしまうものだ。
ヤリ目さをギラギラ出されると引いてしまうが、そういった本音を上手く隠して楽しませてくれる人なら、ついつい遊んでもいいか、と思わされる。その過程で付き合ってくれと言われたら、OKしてしまう事もあるだろう。自分が心を開けて楽しませてくれる人なら、それもアリだと珠理は想っている。
その理由は明白で、そっちの方が楽だし、年上男子の方が女心をわかっていて──それは即ち経験値とも言うのだけれど──きゅんきゅんさせてくれるからだ。聡や三太のように、こちらをジレジレさせて苛々させてくる事もない。
余程好きでもない限り、気持ちなんて簡単に変わってしまうものだ。何ならぐいぐい来られた方に気持ちが靡いてしまう時もある。
有希だってそうだ。こうして何度もサインを出しているのに、そのサインを察してもらえずスルーされ続けていれば、気持ちはいつか冷める。
そんな時、ふと珠理のスマホが鳴った。インスタで仲良くなった大学生からのLINEが来た。彼とは何度か遊んでいるが、上手く下心を隠してエスコートしてくれる。門限には返してくれるし、お金も出してくれる。気持ちのいい年上男子だった。
彼からのメッセージは『来週の日曜日、遊ばない? お金はもちろん俺持ちで』だそうだ。これは渡りに船だ、と珠理は思った。彼女はそのまま手早く返信を打ち込んで、送信。すると、すぐに『OK』の返事がきた。
「ねえ、有希。最近仲良くなった大学生の男の子がいるんだけど、来週の映画、その人達と一緒に行かない? お金出してくれるっぽいし、有希も来るなら友達も連れてきてくれるって」
ちらりと珠理は男子二人を横目で見て、反応を確認する。二人同時に顔を上げたところが面白かった。
(ほらほら、そんなに目を離しちゃうとゲームミスっちゃうんじゃないの?)
珠理は心の中で笑って、有希へと視線を戻した。
「え、だいがくせい!? 珠理、いつの間に……さすがモテ子」
「別にそういうのじゃないけどね。でも結構良い人だよ。顔もそこそこいいし、優しいし」
「それなら私行ったら邪魔になるんじゃないの?」
「ううん、2人っきりっていうのも結構緊張するから、有希も一緒の方が助かるかも。それに、ほら……映画代とご飯代が浮く!」
高校生にとってはこれも大事なポイントだ、と珠理は思っている。もちろん、お金など関係なく好きになれるのであれば一番だとも思っているが、世の中そうは甘くない。現に、割り勘でも良いと思っている同い年の男子からは、何の反応もないわけで……それなら、楽しくて楽な方に傾くのも、乙女心というやつだ。
「このメギツネ! でも、そういうのも面白そう。珠理が一緒なら大丈夫かなぁ」
有希も案外乗り気になってきて、珠理はほくそ笑む。ただ男子と知り合う切っ掛けが学校というコミュニティしかないだけで、そこ以外に目を広げれば、良い男などたくさんいる。他の男性を見れば、有希も気持ちを変えるかもしれない。
「うん、大丈夫大丈夫。門限とか言えばその時間で解放してくれるし、その辺はしっかりしてる人だから、心配しなくていいよ」
珠理は心の中でにやりと笑って、男子を見る。
彼らは、ぽかんとこっちを見てから、「あ、やべ」などと言ってまたスマホのゲームへと視線を戻した。
──あーあ、どうなってもしーらない。
珠理はぺろりと二人に向けて、舌を出す。
何度もパスをスルーする陰キャ男子をいつまでも待っていられるほど、彼女達の華は長く咲いていない。もっと自分を大切にしてくれる人のところへ飛び立つのだ。
そんなやり取りをしている間に、電車は彼女達の最寄り駅に着いた。
珠理と有希は来週の話で弾ませ、一方の聡と三太はどこか暗い面持ちのまま、それぞれ駅の改札へと向かった。
別れ際に珠理は後ろを振り向くと、聡も振り向き、眼が合った。
──ここが私達の分岐点かな。
珠理はそう思い、前を向いた。
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