やかんの音

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 とうとう明けない冬がやってきた。  目の前に横たわる白い肢体の下にある血の管では、何を息衝いているのだろうか。  絡める、骨ばった指の付け根から爪のほんの先まで。  僕は息をひとつ()いて、今一度、胸の音に耳をすませる。  今日という日は、人生の道のりの、時たま寄ったサービスエリアだというのに。  嫌に誇張された「今日」という日常が、こんなにも重たく、冷たいものであるだなんて。  昨日の僕は想像し得ただろうか。    遠くで噴き上げるやかんの音が耳を掠める。  畳を濡らす一滴の雫さえ、厳しくも、僕自身であるのだ。  やかんの音が埋め尽くしているから、胸の内の5文字を言う隙間も無い。    今一度、掌から身を潜めた血の管に口づけた。  部屋が、唇が冷たいから、温度は感じられなかった。  今日は雪が降る日だという。  僕は身を丸めて、最期の朝を静かに、静かに、迎え入れようとしていた。 Fin.
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!