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悠馬のパーカーのポケットで、iPhoneが着信を知らせて震えた。
取り出し、画面を見てから、私たちに柔らかく微笑む。
「星羅さん、真子さん。本当にありがとうございました。もう大丈夫です」
ちらりとエントランスの方を仰ぎ見ると、車椅子に乗った山本拓也が診察を終えて外に出てきたのが見えた。
私たちの姿を確認し、耳に当てていたiPhoneを外す。
「……あとは、僕たちで話し合います。」
私と真子も、それぞれのPHSを確認する。
病棟からも指導医からも着信はないが、そろそろ朝に出した検査の結果が揃う時間だった。訝しまれる前に、戻った方がよいだろう。
「そういえば、これ」
繰り返し礼を述べ頭を下げ続ける悠馬を制して、彼の掌にネックレスを握らせる。
「なんかすみません。……悠馬さんから、返してあげてください」
綺麗な白い指が、銀色の鎖を大事そうに包み、悠馬は幸せそうににっこりと笑った。
「本当に、ありがとうございました。拓也に会えて、……よかったです」
「頑張ってくださいね。じゃあ、ここで、失礼します」
「じゃあ、またいつか。」
「また」
その挨拶は、物語の終わりの合図に思えた。
私たちの役目は、通りすがりのお節介な医者の出番は、もう、おしまい。
車椅子に乗った山本拓也とすれ違うとき、ぐいっと会釈された。
戸惑いながらも、会釈を返す。
彼は仏頂面を崩さないまま、車椅子を漕いで、中庭へと出て行った。
病院を出て行った患者たちが、どんな道を選ぼうとも、私たち医者には関係ない。
毎日に忙殺されて、ひとりひとりの物語の記憶は薄れてゆき、
私たちにとっての患者たちはやがて、水族館の大水槽を行き交う魚の群れになるのかもしれない。
エゴかもしれないけれどひっそりと祈ろう、
必死に生きるあなた方の未来に、幸あらんことを。
私と真子は後ろを振り返らずに、病院のエントランスへと、元の日常へと早足で歩いて行った。
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