5.白昼夢の終着点

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悠馬のパーカーのポケットで、iPhoneが着信を知らせて震えた。 取り出し、画面を見てから、私たちに柔らかく微笑む。 「星羅さん、真子さん。本当にありがとうございました。もう大丈夫です」 ちらりとエントランスの方を仰ぎ見ると、車椅子に乗った山本拓也が診察を終えて外に出てきたのが見えた。 私たちの姿を確認し、耳に当てていたiPhoneを外す。 「……あとは、僕たちで話し合います。」 私と真子も、それぞれのPHSを確認する。 病棟からも指導医からも着信はないが、そろそろ朝に出した検査の結果が揃う時間だった。訝しまれる前に、戻った方がよいだろう。 「そういえば、これ」 繰り返し礼を述べ頭を下げ続ける悠馬を制して、彼の掌にネックレスを握らせる。 「なんかすみません。……悠馬さんから、返してあげてください」 綺麗な白い指が、銀色の鎖を大事そうに包み、悠馬は幸せそうににっこりと笑った。 「本当に、ありがとうございました。拓也に会えて、……よかったです」 「頑張ってくださいね。じゃあ、ここで、失礼します」 「じゃあ、またいつか。」 「また」 その挨拶は、物語の終わりの合図に思えた。 私たちの役目は、通りすがりのお節介な医者の出番は、もう、おしまい。 車椅子に乗った山本拓也とすれ違うとき、ぐいっと会釈された。 戸惑いながらも、会釈を返す。 彼は仏頂面を崩さないまま、車椅子を漕いで、中庭へと出て行った。 病院を出て行った患者たちが、どんな道を選ぼうとも、私たち医者には関係ない。 毎日に忙殺されて、ひとりひとりの物語の記憶は薄れてゆき、 私たちにとってのはやがて、水族館の大水槽を行き交う魚の群れになるのかもしれない。 エゴかもしれないけれどひっそりと祈ろう、 必死に生きるあなた方の未来に、幸あらんことを。 私と真子は後ろを振り返らずに、病院のエントランスへと、元の日常へと早足で歩いて行った。
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