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ピアスを開ける耳の左右には、指輪を嵌める指のようにそれぞれ明確な意味がある。
左側は男性性、護る側。右側は女性性、護られる側。
その昔、男性が右手に剣を持ち、お互いのピアスが見える向きに並んで、女性を護るように歩いたことからその慣習が生まれた。
それを逆にするとーーーー
「男性が右に1つだけ開けるのはゲイ、女性が左に1つ開けるのはレズビアンっていう暗喩になるんよね。だからストレートの人が非対称にあけるときは気をつけなきゃいけなくて、私は一応、右多めにあけてみてる。」
「え、知らなかった!……ほんとだ、3つと5つなんだね」
「偶数奇数もそれなりに意味あるらしくて、私はそこは適当にしちゃってるけどねー。セクシャリティ関係なくファッション重視で開ける人も多いし、
ほぼ初対面で訊く話でもないから別に追及しなかったけど。
悠馬さんみたいな人は、なんとなくだけど、ちゃんと分かった上で開ける気がするから。」
真子は感心した顔をして聞いていた。無言で先を促されたので話し続ける。
「あと、ネックレス。私も結構アクセサリー着けるひとだけど、慣れてたら1日着けっぱなしでも全然違和感ないんだよね。
いきなり店で忘れたとか、そうそうしないよなぁって……。
酔い潰れて突っ伏しちゃうような雰囲気のバーでもないし、ああいう構造のネックレスって華奢な女ものと違って接続部分も強いから、アクシデント的に外れて落としたりも珍しい」
《Café Bar Aquario》の暗い中で受け取った時は気づかなかったけれど、持って帰ってから家で光に照らしてみると、セレクトショップでよく見かけるブランド名とロゴが刻まれているのが見えた。材質はシルバー925。
おそらく元からの銀色の輝きは全体としては保っていたけれど、鎖をひとつひとつ見ると、明らかに黒ずんでいた。
悠馬はネックレスを、地肌のすぐ上、シャツの中に入れて着けていた。
汗で黒ずむというシルバーの特性を加味してもなお、それなりの値段が張るブランドものが1ヶ月で錆びるとは考えにくいから、山本拓也が、同じように地肌に触れるように着けていたと仮定しなければあの黒錆の説明はつきにくい。
果たして彼は、肌身離さず身につけていたはずの、それなりの値段が張るネックレスを、紛失のリスクを取ってまで出先でわざわざ外しただろうか?
常連客でよほど気を許しているか。あるいはーーー
「家に遊びに行って、泊まって寝る時に外して忘れて帰るとか、そもそもカップル間で共有してるとかの方が自然かなって。」
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