5.白昼夢の終着点

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真子が、無邪気な顔をしてふと問いかけてきた。 「星羅は?恋とか……したい?」 恋。 口元まで運んでいったコーヒーに、口をつけずにまた離す。 「うーん……恋するって、大変だよね。」 どう答えればよいのだろう。 「今はなかなか仕事も落ち着かないし、人間関係に消耗もしてる。 ……そういう割れ物注意みたいな精神状態で、恋なんていう新たな弱みを背負うのは、ちょっと今の私には難しいかなぁと」 半分独り言のように、抽象的な言葉を紡いでいく。 真子は聞いている。彼女は難しいことを考えるのは苦手だ。なんでもややこしく難しく(complicate)して、迷宮へずぶずぶと沈み込んでしまう私とは違う。 それでも茶々を入れずに聞いていてくれる真子に、私はたまにこうして甘えている。真の友人同士なんて、究極的にはお互い独り言を投げ合っているだけなんじゃないかとさえ思う。 「だからつまり、もう少し全体的に余裕でたらかな。」 「ふーん。余裕ねぇ。たとえば、会う時間作ったりが大変ってこと?」 「そうね。物理的にね。このご時世だとデートの場所も渋めだし、うちら当直不規則だし。職場離れてると会いづらそう……」 「そうねぇー。コロナ早く収まらないかな、うちらも夜遊びできないし、ね」 雨のしとしと落ちる音の中、体温の高い真子が側に寄ってきて、体に触れるその温かさに、気持ちがゆっくりと融けていく。 私は、実は結構傷ついていたのかもしれない、と他人事のように思ってちょっと驚いた。 人知れず膿んで、静かに心を蝕んで、癒えていく時にやっとその存在に気づく傷もある。
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