新たな任務

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「今はもう知る者もない古代妖精文字の書を、俺の他に誰が手にとるのだ」 「規則は規則です。遵守していただきます」 「規則ね……君は規則に詳しいというわけだな」  諦め顔で渡してくる紙面を受け取り、何でもないふうに答える。 「はい。全て頭に入っております」 「では教えてくれ。どうしたら規則に沿って君を追い払えるのか」    ランバルトの目が挑戦的に光るのを見たが、ルドガーは平然と返した。 「全てが良好な状況になるのを見届けましたら、退室いたします」  表情を緩め、こう付け足すのも忘れない。 「ですので、どうかご協力ください」 「良好ねぇ。俺に言わせてみれば、今だって十分良好なのだがね」   ルドガーはそれを聞き流し、束ねた書物をテーブルに置いた。そして少しも遠慮することなく相手の服装を流し見る。  着崩した藤色の肌着の上に、黒い上着を肩に掛けている。足元は裸足だ。寝室から抜け出たままのような格好は品位のかけらもない。 「まずは、着替えが先のようですね」  断りなく寝室へ入り、奥にあるクローゼットから正装服を持ち出す。ベッド脇にある靴を運ぶのも忘れない。  ランバルトを立たせて、黙然と着替えを手伝う。  身を委ねる魔法使いは興味深そうに流し目を寄越した。 「着替えて何をするのだ?」 「官位に就くお方に相応しい作法を学んでいただきます」 「なんだ、作法か」  彼は手を軽く振って鼻で笑う。 「そんなものは教わらなくても知っている」 「ご存知であるなら、確認するという形でお教えしましょう。上位階級について、まだまだご存じないことがあるはずです」    しっかりと教えなければと、ルドガーの声に力が入った。 「どうせ上辺だけで、実際は俺に何の益もないのだろう。この服と同様に」    最後に裾を引っ張られて衣服を整えられたランバルトは、不満そうに首元のボタンを外した。白い内着に丈の長い白の上着。上着の金の縁取りが髪の色と重なって、見栄えがする。自信のある顔つきに伸びた背筋も相まって、まるで名君を前にしているよう。  ルドガーは動揺した。見かけだけでそんなふうに感じるはずはない。単なる錯覚だと言い聞かせ、手を伸ばして外された首元のボタンを元通りにかけた。 「とてもお似合いです、サレム様」 「その名字だがね」言いながらランバルトは(あご)を上げ、不満を隠すために薄ら笑みを浮かべた。 「俺にはもともと名字はなかったため、地位を得ると決まった時につけたものなのだ。昔飼っていた猫の名前で気に入っている。だから君には呼ばれたくない。親しい者たちが呼んでくれる名前も君には呼ばれたくない。分かってくれたか?」    これくらいのわがままで気後れするほど、ルドガーは支え役として素人ではない。愛想を浮かべながら淀みのない返事を聞かせた。 「かしこまりました、魔法師様」
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