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新たな任務
ルドガーが部屋の扉を開けると、辺り一面の翡翠色が目に飛び込んできた。はっとして踏み出した足が静止する。
一呼吸するとその謎は解けた。部屋の主の意向によって床が新しくなったのだ。
鏡面のように平滑で光沢のある翡翠は、歩むたびに皮靴の音がキュッと鳴る。室内に家具や置物がほとんどないため、余計に床の鮮やかさが目立っていた。
自信を漲らせてやって来たのに、床に気を取られたせいでルドガーは急に落ち着かなくなった。もう一度自分の身なりを確認する。
栗色の髪は油で整え、シャツもズボンも清潔なものを着用し、爪も切ってある。落ち度はないと自らに言い聞かせて歩を進めると、居間にはこの部屋の主となった若い男がいた。会うのは初めてであったが間違いはない。
上半身を斜めにもたれ掛けてソファに座っているその男は、大魔法師ランバルト・サレムだ。
魔法使いであるということを除けば、彼の中で真っ先に目を引くのはその容姿である。
すらりとした長身に、整った目鼻立ち。平民出身でありながら、貴族の生まれであるかのごとく華やかな雰囲気をまとっている。大きな青い目には相手の気を引く力があり、魔法使いより舞台役者の方が似合っているのではないかと思えた。
立ち止まったままなのを訝ったのか、ランバルトが紙面を見ながら低い声を響かせてきた。
「急ぎの用か」
ルドガーはすぐに思い直した。大事なのは見た目ではなく身分に相応しい態度だ。自分の役割に集中する。
「いえ、伝達ではありません。ご挨拶に伺いました。ルドガー・ベルテと申します。本日よりサレム様のお世話全般を務めさせていただきます」
相手からの返事はなかったが、歩み寄って頭を垂れた。甘ったるい香水の匂いが鼻をつく。嫌悪がもたげてくるが、これしきのことで嫌がっていたら勤められない。気を取り直して顔を上げると、ランバルトが素っ気なく言った。
「挨拶の他に用がなければ退室してくれ。俺は忙しい」
「いえ、用はございます」
小テーブルの上にも散乱している紙面に目を注いだ。知らない文字が並んでいるが、古いパピルス紙であることを見て取れば、貴重な品であることが分かる。それらを丁寧に集めた後、ランバルトが抱えている紙に向けて手を差し出した。
「書物庫の書物は、持ち出しは禁じられております。私が戻しておきましょう」
ランバルトはようやくルドガーに目を向けた。訝るような、奇妙なものを見るような、そんな眼差しだった。
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