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「まだ慣れないのか?」
午前最後の授業が終わり、昼のチャイムと同時に大半の生徒が学生食堂へと走っていった。
そのがらがらの教室の中、野代が新田を起こして問う。
「ん……もう、昼?」
「ああ。とっとと行かないと食いっぱぐれるぞ」
完全に熟睡していたらしく、新田はぼんやりと目を擦りながらようやく立ち上がった。
「よく寝てたな」
神原が苦笑しながら言うと、新田はまだ覚醒しきれていない頭をぼんやりと動かす。
「朝だった」
「は?」
単語をぽつりと言ったきり、新田はふあーっと大きく欠伸をする。
「眠れたの、朝だったの。春は曙。って、夜明けのことでしょ? 窓からね、それが見えた」
のそっと立ち上がった新田は、二人に支えられながら食堂への道を歩き始めた。
「寝よう、寝ようと思うんだけど、思えば思うほど目は覚めるし耳鳴りとかするし。も、どうしていいやら」
話しながらまた大欠伸。
そう。
ここ一週間ほど新田はまともに眠れない夜を過しているのだ。
新田の高校二年進級と同時に父親の海外赴任が決まり、結婚生活二十年というのに未だらぶらぶ夫婦な両親は新田を置いてとっとと二人で海外生活を始めた。
そして残された新田は、ただただ広いだけの古い一軒家に一人で生活することを余儀なくされたのである。
「一人ででっかい家にのんびり、なんて俺にとっちゃ羨ましい限りだけどな」
野代が少し拗ねたように言う。
「おまえ、なあ。あの家築何十年経ってると思うんだ? 殆ど百年近いんだぞ? 更に庭には墓まであるんだぞ? ただ広いだけだなんて暢気なこと言うなよな」
先祖代々伝わる新田家。
しかも代々一人っ子家系なために、祖父母が亡くなった今、その伝統的な古い家は新田たち三人家族には大き過ぎる家となっているのである。
そこへ持ってきて両親の不在。
ただでさえ小心者の新田はそれを持て余して寝不足を極めているのだった。
「けどさ、俺んちなんか最悪だぜ? あのわがまま娘、香澄のバカが“やっぱり高校からはちゃんとしたトコ行きたいから、受験勉強はしっかりしたいのよねー。だからお兄ちゃん、部屋替わってね”だなんてこと言い出したもんだからさ、この長男である俺様がなんと、あの明・徹コンビと同居だぜ? 信じられるかよ?」
「小学校三年だっけ?」
息をまいて話す野代を落ち着かせるように神原が問う。
「徹が三年、明が四年。あのくそガキどもは、夜九時に爆睡こくまでひたすら暴れまわった挙句、夜中には“しっこー”って俺を起こすんだぞ! なんだって俺がやつらの面倒見ないといけないんだよお」
一方野代はこのご時世になんと六人兄妹。
雪秀を長男に、小学生の徹秀、明秀。
そして今年高校受験の長女香澄。
まだまだ幼い四歳の次女三女は一卵性双生児だったりもするのだが、そんなに子供を抱える野代家は本当に平均的な一戸建て。
大家族には狭すぎる家で野代はラガーマンの巨体を持て余しているのである。
「そりゃまた、悲惨だねえ」
半ボケ新田を挟んで神原が苦笑する。
「ったく、やってらんねーよ。変わってもらいたいくらいだね」
「じゃあ変われば?」
冗談で神原が言うと、二人は黙った。
そして沈黙が続く。
「え? 何々? 俺、なんかまずいこと言った?」
どうやら神原の一言で完全に目が覚めたらしい新田は、野代と黙ったまま見つめあう。
「あ……の? 俺、無視して何二人の世界作ってるわけ?」
「新田」
「野代」
二人はそして声を揃え、
「一緒に暮らそう」
思わぬプロポーズまがいなセリフを同時に吐き、神原を呆然とさせたのだった。
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