ほら、セバスチャンはそこにいる

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 妹と私は別の大学に進学した。大学でも空手がやりたかった私は、そっちが強い大学に推薦で入り。美術を本格的に学びたかった妹は美術大に通っているからである。どちらの大学も通学圏内。妹が彼氏と同棲したいというタイプの人間でなければ、きっと今でもわーわーと大騒ぎしながら実家通いを続けていたことだろう。  私が家族と住んでいる実家から、妹の家までは歩いて十五分程度の距離である。妹の住んでいるマンションの方が若干駅から遠い。丁度二つの駅の間くらいの位置にある。住宅街を抜け、大通りを渡って橋を渡ればすぐの場所だ。 「加奈子様お姉様~!遅いよう!」  そんな妹はといえば。マンションのエントランスで、半泣きの状態でおろおろしていた。今日は土曜日。私は講義も部活もたまたまない日だったが、恰好から察するに彼女は学校帰りなのだろう。自分で買った絵筆の類を、彼女が週末に必ず家に持ち帰っているのを知っている。里奈子がきゃいきゃいと喚くたび、彼女の肩にかかっているバックからカタカタと美術道具が揺れる音がした。 「遅くない。徒歩十五分を十三分で来た、むしろ褒めろ讃えろ」  私は呆れ果ててそう言った。徒歩十五分、とマンションなどのパンフレットで書いてあっても、実際十五分で現場まで辿りつけるのは稀である。普通の人間、坂も信号もある道を分速八十メートルで歩き続けるのは極めて難しいからだ。まあ、駅からの距離ではなく実家から彼女のマンションまでの距離なので、おおよその目安であるのは確かだけれど。  里奈子が住んでいるマンションは、古い安い寂しいと三拍子そろっている。大学生がバイトで稼いだお金で住める程度の賃貸だからしょうがないのかもしれない。エントランスは錆びたポストとエレベーターが一基あるのみで、管理人の類がいる様子もないからだ。  とはいえ、駅から徒歩十六分はそこまで遠いというほどの場所ではないし、治安が悪い地域というわけでもない。すぐ近くにコンビニやスーパーの類もあるので、夜極端に暗くなることもない場所だ。いつもなら、こんな場所で泥棒なんて、と一笑に付したところであるのだが。 「ほんとなの?」  二人でエレベーターに乗り込みながら、私は里奈子に尋ねる。 「あんたの部屋、五階じゃん。しかも角部屋とかじゃないし、両隣普通に住人いるんでしょ。泥棒に入られるような場所とは思えないんだけど?」  504号室が、里奈子が住んでいる部屋だ。両隣にはそれぞれ若い家族連れと老夫婦が住んでいるのを知っている。勿論自分が最後に彼女の部屋を訪れたのは二か月も前のことなので、その後にどっちかが引っ越していたら話は別だが――里奈子は“どっちも健在だよ”と涙目になりながら言った。
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