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第四話 区域制限
音も立てずに道なき道を飛び移り、猫は渋谷駅を進む。そして大通りを三つ折れてガードレールを超えると向かってきた車に飛び乗った。
叫び声とともに車が急停車し、ドライバーがでてきたが、何事もないと知ると、またガスを吹かして発進する。猫は上に飛び乗ったまま、じっと先を見つめている。
そして道路標識が幾つか変わって真ん中の案内標識でまもなく渋谷駅近辺を出る事がわかると、にゃーと泣いた。
車は構わず直進する。
直後、車はそのまま高速に乗るべく吸い込まれるように、舗装された道の先に消えていった。猫を置き去りにして。
ギャっと声を漏らして車の上の猫は何かにぶつかってそのまま冷たいアスファルトに置き去りに。
「くっ、やっぱだめなのか」
そして次の車が通り過ぎる前にそう捨て台詞のように言葉を吐いて歩行者通路に引き返す。
猫の後ろを間一髪で車が過ぎ去る。
猫は睨むように高速の入り口手前でぶつかった透明な何かをみていた。
「やはり、渋谷(ここ)からは出られないみたいだね。あいつが港区に行けたのはたまたまじゃない。何か別のルールで動いていたとしか」
しばし猫らしからぬ悩むそぶりを見せた後、閃いたように猫の耳がピンと跳ねた。
「電信! あの三人か!」
猫はすぐさま肉球で、首に吊り下げた鈴を撫でた。
すると、ホログラムのように立体の映像が道の中央に浮かぶ。一種のゲームセッティングだろう。携帯が使えない猫の携帯代わりだ。
猫の周りを行き来する通行人にはしかし見えていない。見向きもしないで過ぎ去る。
「おい、瀬谷、琴子、明日楽! 見つけたのか!?」
すぐにも猫がそう呼ぶと、どうにも駅の構内の喫茶店で作戦会議しているらしい三人のホログラムは答えた。
「いや、無理だ。海に落ちたんだって。探せるわけないだろ。私たちの魔法はさ、こう言っちゃ何だけど陳腐だろ。飛ぶ、火球、何かに変身する。魚に変身して泳いだら多分食われちまうし、水面で解いても所詮は水の中だろ。鳥になる直前に多分溺れちまうし」
猫はホログラムの周りをうろうろしながら思案している。それを見た子供が変な猫さんー、と笑顔だ。
「あーまあな。でも他に頼れる人がいないんだよ」
「何故なわけ?」
聞いてきたのは瀬谷を押しのけ身を乗り出した琴子だ。怪訝な顔に押しの強そうな性格的特徴が出ていた。
「それは……ほかの奴の魔法の方がもっとろくでもないからだよ……前に言っただろ」
沈黙。本当かと半信半疑のように、猫のいる通路を見つめる三人のホログラム。
猫は取り繕う手間を惜しんで、でもと繋げた。
「私達にはまだ野倉がいる。あいつなら多分倒せると思う。そしたら春風がいなくたってなんとかなるさ。でもな、やっぱり春風も大事なキーマンなんだ」
「……ていうかさ本気で言ってるの? まだ使命とか言っちゃうきなわけ? 一人死んだんだよ? あいつは多分あれに殺されるの嫌がって逃げたんだよ? もう絶対死んでるって。それでもまだ仮に生きていても戦わせるって、そんな事」
手元のコーヒーを忘れたように琴子はすっと顔を伏せる。
「魔法少女とか馬鹿じゃんね。誰も本気にしてないっていうか、勝手に……」
すると最後まで黙っていた明日楽が、
「でも私達、暇じゃん」
と、軽快に言う。
すると瀬谷と琴子も、まあたしかにと、そうだね、と悩みつつも仲違いはしたくないのか同意するように渋々頷く。
ふと、耳を立てた猫は周囲に何かいないか見回しながらもう一度ホログラムの三人に向き直った。
「わかった。とにかくできる限りの事は頼む。私はサポートの猫としてできる限りの事はする。だから三人ももう少しでいい! 頑張ってくれ!」
そして猫は肉球で鈴を撫でた。
直後にホログラムは消える。
溜め息と同時に歩き出す猫。
静寂の後でずっと後ろからみていた子供が、猫語わかんなーい、とはしゃいでいた。
ちらりともせずに猫は走り出す。
「もしも」
もしもあいつが死んだなら。
「きっと何かあった。タイミングが悪過ぎる」
いつまでも、生きているかも、で現実逃避はしていられなかった。
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