第三話 とある少女の使命

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第三話 とある少女の使命

 渋谷駅前喫煙所。   「ついについに目覚めちゃってニュータイプみくりんになってしまったのかと言えばなわけあるかーいな感じですはい。えーとね皆さんにお伝えしますとね。これね、実はね、私の頭が狂ったとか、痴女とか、コスとか、オタクとか妄想癖とかじゃないんですよはい。はいそこの子供復唱」  指をさされた子供がぎくりとして親の影に隠れて何事もなかったかのように去っていく。 「はいはい、ぐさりですよぐさり。私どう見てもただの変態妙ちくりんコスプレ化け物へべれけ女ですからね。一応年齢的には女の子のグループですけど、幼稚園児からみたら15歳なんてBBAですからね。ぐすん」  スクランブル交差点のすぐ近く。喫煙者に混ざってタバコではなくマイクを持ち副流煙をたっぷり吸いながらたまに咳き込むその姿は誰がどう見ても頭のいかれた可哀想な人だ。 「あーあんた?」 「ワッツ?」 「胸ちっさいの」  突然近づいてきた白髪の爺さまに肩をツンツンされて一瞬目をパチクリしたみくりん。  次の瞬間には喉を天に突き出し「胸ちっせえええええ!」と言うやいなや今度は爺さまの耳元でマイクで「うるせえええ!」とシャウトし、マイクをマイクスタンドに置いた。  近くには散らばるギターやら機材の数々。  みくりんは言わずもがな、路上パフォーマー、いや路上コメディアンだ。  歌い手ではない。  何故ならみくりんは歌などからっきしだからだ。  それでも足元には専用のゴテゴテした機材が輪を作る。  歌うのは好きだった。    しかし今、誰の目にも映る変態がそこにいて、そいつはフリフリしたドーリーなドレスに身を包み、100均で買ったような安物の似非魔法少女ステッキを右手に掲げ、ついさっきまで飲み歩きしていたように耳朶を真っ赤にしている  だれが好き好んでこんなコスプレでコスプレに不似合いな街でしかも喫煙所のど真ん中で兄ちゃん達の中で咳き込みながら一曲歌うのか。  歌うわけはない。  こんな感じで歌いたいわけじゃない。    でもこれからの命運がみくりんのこれから歌う一曲にかかっていたとしたら、歌わざるを得ない。  そうこの世界の魔法少女達は魔法少女みくりんの歌を通じて敵が実体化し、初めてその敵であるバーサーカー、イラストクリーチャー、ブラックドラゴンに勝てるのである。という設定だ。  無論、冗談の類なら彼女は本物の変態だ。  みくりんいわく三国林檎(みくにりんご)は空をキッと睨む。  ささやかな抵抗の証。  みくりんの目線の先、遥か上空に♾を描く黒き龍がいて、遥か西の上空には雲の形をしたカラフルな2頭身の絵があって、絵は動いている。   子供が描いたお化けみたいな造形でケラケラ笑っている。  そして渋谷駅を中継する長い橋の上。その高透過ガラスの内部。     こちらからは見えないがあの中のどこかに民間人の誰かに扮した殺人鬼(バーサーカー)がいる。  これを退治するのが、 「しっかしやってられないですわ。でもやらなきゃ皆。だから私、うーんいややっぱ。うーんでも歌……」    悩んだ末に再びマイクを取ったみくりん。  吹き抜ける風に身を震わせながら、急に神妙に何かを思い出すように目を閉じて歌い出した。  ちなみに、それらの光景を見ていた猫がいた。    猫はさっきまでビルの屋上にいたが、移動して今度はトラックの上に立っていた。 「にゃー……」  猫はあの時と同じように物悲しい眼差しでコスプレ少女を見つめながら、またどこかへと去っていく。
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