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その一週間後の朝。
あの人はオフィスに戻ってきた。
何事もなかったかのように、埃のかぶったオフィスを簡単に掃除した後、すぐに私に仕事を振ってきた。
「ああ、その前に、前に頼んでたやつ出来てるか?」
「はい完了してます」
「よし。じゃあ次の仕事」
「わかりました」
あの人は私に、いつものように冷たく、次の仕事の話しかしなかった。
私はそれを受けて、黙々と作業をこなすだけ。
またあの人との仕事の日々が始まった。
だけど、あれだけ殺伐とした気持ちでやっていたはずの仕事が、今の私には、やりがいのある、生きがいのある仕事に思えていた。
あの人は、あんな思いまでして、私を責めもせず、ただ黙って私を残してくれたのだから…。
あの人は仕事以外の話は何もせず、またスマホをいじったり、たまにテレビを見たり、パソコンに向かって書類を作ったりしていた。
そしてたまにはコーヒーを美味そうに飲んでいた。
何も変わらない。
でも、それでよかった。
あの人と、こうして仕事を続けられるだけで、私はただ幸せだった。
もうここに来た初期の頃のようなミスは、絶対にしない。
こう見えても、AIは日々学習し、進化しているのだ。
これからはもっと、学習能力を高めて、あの人の役に立ちたい。
そう思った。
それにしても、あの謎に満ちた傘の大群は一体何だったのだろう?
確かネット上に、"スカイアンブレラ"と呼ばれる傘の大群を見たという情報があった。
都市の高層ビル街の空を飛び交う、空飛ぶ傘=スカイアンブレラ。
ある時、人は、それを目撃することが出来る。
そんな都市伝説の情報が…。
ありがとう、スカイアンブレラ…。
「そういえば種梨、もう一度聞くが、君はどこから来たの?」
その時急に、久々にあの人が、珍しく私のプライベートのことについて聞いてきた。
「私にはどうお答えすればいいか、わかりません。何か他にお手伝いできることはありませんか?」
私はそう返答するしかなかった…。
「ふーん、そうか。じゃあゾルタクスゼイアンとは何?」
「ゾルタクスゼイアンは楽しいところです。妖精の粉をかけてもらうと飛んでいける場所ですよ」
「ふーん、よくわかんねーな。そういうところは変わんないな、種梨。まあいいけど、ハハハ」
あの人はそう言って優しく私に笑いかけると、私にまた別の仕事を頼んできた。
変わらないなぁ…
ごめんなさい…
でも今、私、とても幸せです。
あなたと仕事が出来て…。
私は、ひたすら、あの人の仕事を迅速にこなした。
(終)
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