6

1/1
前へ
/6ページ
次へ

6

その一週間後の朝。 あの人はオフィスに戻ってきた。 何事もなかったかのように、埃のかぶったオフィスを簡単に掃除した後、すぐに私に仕事を振ってきた。 「ああ、その前に、前に頼んでたやつ出来てるか?」 「はい完了してます」 「よし。じゃあ次の仕事」 「わかりました」 あの人は私に、いつものように冷たく、次の仕事の話しかしなかった。 私はそれを受けて、黙々と作業をこなすだけ。 またあの人との仕事の日々が始まった。 だけど、あれだけ殺伐とした気持ちでやっていたはずの仕事が、今の私には、やりがいのある、生きがいのある仕事に思えていた。 あの人は、あんな思いまでして、私を責めもせず、ただ黙って私を残してくれたのだから…。 あの人は仕事以外の話は何もせず、またスマホをいじったり、たまにテレビを見たり、パソコンに向かって書類を作ったりしていた。 そしてたまにはコーヒーを美味そうに飲んでいた。 何も変わらない。 でも、それでよかった。 あの人と、こうして仕事を続けられるだけで、私はただ幸せだった。 もうここに来た初期の頃のようなミスは、絶対にしない。 こう見えても、AIは日々学習し、進化しているのだ。 これからはもっと、学習能力を高めて、あの人の役に立ちたい。 そう思った。 それにしても、あの謎に満ちた傘の大群は一体何だったのだろう? 確かネット上に、"スカイアンブレラ"と呼ばれる傘の大群を見たという情報があった。 都市の高層ビル街の空を飛び交う、空飛ぶ傘=スカイアンブレラ。 ある時、人は、それを目撃することが出来る。 そんな都市伝説の情報が…。 ありがとう、スカイアンブレラ…。 「そういえば種梨、もう一度聞くが、君はどこから来たの?」 その時急に、久々にあの人が、珍しく私のプライベートのことについて聞いてきた。 「私にはどうお答えすればいいか、わかりません。何か他にお手伝いできることはありませんか?」 私はそう返答するしかなかった…。 「ふーん、そうか。じゃあゾルタクスゼイアンとは何?」 「ゾルタクスゼイアンは楽しいところです。妖精の粉をかけてもらうと飛んでいける場所ですよ」 「ふーん、よくわかんねーな。そういうところは変わんないな、種梨。まあいいけど、ハハハ」 あの人はそう言って優しく私に笑いかけると、私にまた別の仕事を頼んできた。 変わらないなぁ… ごめんなさい… でも今、私、とても幸せです。 あなたと仕事が出来て…。 私は、ひたすら、あの人の仕事を迅速にこなした。 (終)
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加