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あの人はオフィスに戻るなり、いきなり私の名前を呼んで、様々な指示を出した。
私はすぐに返事をし、その指示を滞りなく行うよう手配した。
一度に煩雑に仕事を頼まれることもあり、こちらとしてもそれを全て聞き取れずに、あの人を怒らせたことも過去にある。
しかし、日々仕事に慣れてきたのか、いつの間にか私は煩雑な複数の指示にもちゃんと対応できるようになってきた。
だから最近は、あの人にあまり怒られることもない。
あの人はいつも私に仕事を頼んだ後は、何も話かけることもなく、ただ本を読んでいたり、スマホをいじっていたり、テレビを見ていたり、コーヒーを飲んでいたりと好きなことをやっているのだが、まぁ端的に仕事をこなすタイプだなと思えた。
ただ、これまで私にプライベートのことについてはあまり聞いてきたことがない。
いや一度か二度、聞いてきたことがある気がするが、私はそれに対して要領を得た返答をする事なく、受け流すような形になった。
もう一つの質問については割と真摯に答えたつもりなのだが、あの人は全く納得している様子はなかった。
仕事以外の話はそれぐらいで、後はひたすらただ端的に私に仕事の指示を出すだけの人だった。
実を言うと、あの人が何を考えてるのか、正直に言うと、私の方が今や興味を持ち出している。
もうそろそろ1年ぐらい一緒に仕事をしているが、あの人が何を考え、何を思っているのか、私には未だによくわからない。
それはお互い、あまりプライベートの事を話さないからそんな感じになってしまったのかもしれないが、まだまだ意思の疎通が出来ているとは言い難い。
それでも仕事は円滑に進めていたし、特に問題がないように思えた。
あの人と出会った頃は、私は実によく怒られたが、それは私の方に問題があったことなので仕方がなかった。
でもこちらが仕事に慣れてきてからは、怒られることもなく、ただひたすら円滑に一緒に仕事をしてきたという印象である。
あの人は、見た目はイケメンと言えばイケメン、ちょっとクセのあるタイプだが性格がそれほど悪いとも思ったことはない。
本来ならば、それなら性格がいいと言えば良いのだろうが、そこまであの人のことを知らないのである。
何せあの人は、仕事のこと以外はほとんど話をしないし、私の方もそれ以外の話をしないので、結局どういう人間性なのかさっぱりわからないだけなのだ。
ただまぁ、あの人の印象としては、ちょっと冷たい感じの人、クールな人という印象が圧倒的に強いのだが…。
最初は煩雑な業務を必死にこなすことに精一杯だったから、あまり余計なことを思う余裕がなかったのかもしれないが、ある時期から、あの人がどういう人間なのか、興味が湧いた。
それからずっとあの人の人間性を重視して観察しているつもりだが、それでも未だによくわからない。
やはりクールな人、冷たい人という印象は変わらない。
いや、これだけ長いこと一緒に仕事をしてるのだから案外それがあの人のキャラクターなのかもしれない。
まぁそれならそれでそういうタイプと受け止めるだけなのだが、その冷たさにはいかにも事務的な感じしかしなくて、そこが私に物足りなく思わせるのかもしれない。
今日もあの人は、規則正しい歩き方でオフィスに戻ってくるなり、複数の業務を私に指示してきたが、私はただそれを淡々とスムーズにこなしていくだけだった。
そのことに対するあの人からの賞賛も特にない。
ただ、"出来て当たり前"という暗黙の評価が下されるだけだ。
別にそんなことが不満なわけではない。
ただ気になるのは、あの人の人間性がよくわからないことである。
その事務的な冷たさからは、何も読み取ることが出来ないのだ。
まぁその事務的な処理というやつを滞りなく行うのが、私の仕事だと言えばそれまでなのだが…。
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