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そんないつもの負の思考ルーティンをピンポーンという甲高い均一さを持つチャイム音が一刀両断する。我が家でチャイムを鳴らして入ってくる行儀の良い人間なんかいないし、今日は荷物が届く予定なんかない。となると考えられるのは何考えてるのか分からない怪しい宗教の勧誘か…もっと何考えてるのか分からないアイツのどちらかだ。
「はーい、今行きまーす!! もう!! エイ兄も少しは出ようとしてよ!!」
「どうせアイツだろ? いい加減普通に入ってくればいいのに…」
カラカラと引き戸の音に少し遅れて「お邪魔します。瑛人君はいらっしゃいますか?」という柔らかくも礼儀正しい声が聞こえてくる。その声だけで俺は「また来たのか。昨日来たばっかりだろ」と思わず呆れが声に出てしまう。妹と仲が良いお節介が過ぎる客はしばらく談笑を交わした後、二人分の足音を鳴らしながら入ってくる。
「エイ兄。いつもの」
「お邪魔します…こんにちは、瑛人君」
「こんにちは、じゃない。さっき学校で会ったばっかだろ」
毎日飽きもせず俺達一家に世話を焼く俺の幼馴染み、八千代は面倒くさそうな態度を取る俺にオロオロした表情を見せる。いい加減本心じゃないって気付けよと苛立つも、別に女を虐める趣味は無い俺は「ったく。冗談だよ、じょーだん。今日は何しに来たんだよ。また惣菜でも作ってきたのか?」と怒ってないことをアピールする。
「えっと…瑛人君今日ずっと溜め息ついていて元気無かったから、体調良くないのかなって心配になって…」
「あぁ、そりゃわざわざどうも。何でかって、見なくたって分かるだろ。このカレンダーのバカデカイ落書き、お前が書いたくせに」
「エイ兄、顔馴染みだからってその言い方は無いでしょ!! お前じゃなくて八千代さん!! ごめんなさい、うちの兄が失礼極まりなくて…」
「大丈夫です。気にしていませんから」と八千代が苦笑いするものだから、妹は俺に軽蔑な眼差しを投げ掛ける。八千代とはいつもこんな関係なんだし、妹も見知った仲なんだからマジにならなくていいのに。女ってのはどうしてこうも面倒くさい存在なのか。呆れて言い返す気力も失せる。
「で、一体何の用で来たんだよ。お先真っ暗な俺を笑い者にしようと来たのか?」
「そんな訳ない!! ただ、瑛人君が全部お返しするのは大変そうだって思って…その…」
「口ごもってないでハッキリ言えよ。お前んち貧乏だから折角のモテ期もものにできないんだろって。あーあ、どこかに哀れな俺の代わりに大金貢いでくれる都合の良い女がいないかなー」
「ちょっとエイ兄!! いい加減にしなよ!!」
相変わらず冗談の通じない妹とケンカになり、俺達一家は揃いも揃って騒がしくなる。幼馴染みとはいえ他所様がいるにも関わらず、見苦しい諍いや号泣を繰り返し一家崩壊待った無しという状態に陥る。こんなつもりじゃなかったけど、ド貧乏なうちはいずれこうなる運命だったんだ。いっそここで心中を…
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