瑛人と八千代

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瑛人と八千代

 カレンダーという物はどうしてこうも人を一喜一憂させる力があるのだろうか。精巧な技術を持って作られる時計と違って、ただのペラ紙12枚に赤、青、黒の数字を書いただけ。それなのに眺めてはほくそ笑んだり、(にら)んでは憂鬱(ゆううつ)な気分にさせる古より伝わる魔性の逸品…たかがカレンダーごときに何の妄想してるんだよ、厨二病かって自身にツッコミたくなる。  我々日本政府は特別な日と定めた覚えはないと言わんばかりに、そのXデーには何も印字されていない。なのに目の前の14の数字にはデカデカと蛍光ペンで花丸が描かれている。『ホワイトデー!!』という文字を添えて。フレンチじゃないんだぞっとまたツッコミたくなる自分を憂鬱な気持ちで抑え付ける。 「はぁー…マジでどうしよう」 「どうしたのエイ(にぃ)? そんな深ーいため息ついて」  間の抜けた質問をしてくる妹に呆れた俺は更に深いため息をつく。この甘ったるい匂いで埋め尽くされた地獄にいながら、よくもまぁそんなことを聞けるもんだ。発注ミスかって程に高くそびえるチョコレートの山が目に入る度にため息どころか吐き気がしてくる。息を絶えず吐いてないと本当に内容物が出てきそうだ。 「なんで急にモテ期が来るんだよ…これまで見向きもしてこなかったくせに…しかもバレンタインデーに到来とか空気読みすぎてドン引きだわ…どうすんだよこのチョコの山。ホワイトデー負債で自己破産確実。お先真っ暗だ」 「さぁ、誰かに呪いでもかけられたんじゃない? てか何その悩み? ウザッ…世間が聞いたら刺し殺されてもおかしくないから止めた方がいいよ? そんな贅沢な悩み撒き散らすの」 「はっ!! お前なんかに俺の気持ちが分かるかよ。そうやって俺のチョコ(戦利品)をなんのありがたみもなく貪るお前に!!」 「うん、チョコなんて数年ぶりだから凄く美味しい…ほらケンカしない!! まだ沢山あるだから仲良く食べなって!!」    俺の深刻な悩み等どうでもいいと言わんばかりに次女の妹は三男と四女のケンカの仲裁に入る。その騒がしさに目が覚めた五女がベビーベッドの上で泣きじゃくる。募る不安を抑えながらやっと寝かし付けたというのに、こいつらのせいで全て台無しにされてしまった。鋭く響くボイスが重苦しい脳に突き刺さり、頭痛が増してくる。  ケンカを宥めるのは妹に任せて、俺は慣れない手付きで泣き叫ぶ五番目の妹をあやす。抱き抱えて小さい全身を揺らすも、俺の中に渦巻く負の感情を感じ取っているのか一向に収まる気配がない。  そもそもこの悩みだってバカ両親とこいつらがいなければ全て解決しているはずなんだ。録な稼ぎもないくせにポンポンとガキ作りやがって…ホワイトデーのお返しに捻出する金にすら困るとか、この家に産まれてしまったことが悔やまれてしょうがない。金さえ…金さえあればこんな家すぐにでも出てってやるのに…
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