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「33.5℃っす。」
俺はいつも通り、画面の測定結果をそのまましれっと読み上げた。
俺が手にしているモノ。それはこのコロナ禍ですっかりお馴染みとなった、所謂、非接触型の温度計だ。俺のバイト先であるここ映画館でも、当然一年前から導入されている。
センサー部分を対象者の額に近づけると、1秒程度で検温できるという優れモノ。これで発熱者には入場をご遠慮いただけるはずの、現代には必須の感染対策グッズなのだ。
あくまで、理論上は、だ。
「ずいぶん、冷たい人間扱いだな。
そもそも生きてる人間の温度じゃないだろ。」
はいはい、出た出た。
測定値への不満語りが始まるのは、大体3人に1人の割合。もう慣れたものだ。
「寒い時期は、かなり低めの数値が出ちゃうらしいんで。熱が無いということで、大丈夫っす。お客さん、ちゃんと生きてますし。」
関わると面倒なことになるんだよ、こういうタイプは。
俺の2年のバイト経験がそう判断したんだから、間違いない。当たり障りのない会話でこの場をやり過ごすのが、こういうケースの最善策だ。
だいたい、バイトの俺に温感センサー感度のこと言っても、どうにもならないだろ。ただの大学生、しかも文系で、感染対策の専門家でも何でもないんだから。マニュアル通りの作業してるだけなんだよ、こっちは。そもそもお前が死んでるわけないし。元々苦手なのに、コロナのせいで他人との不必要な会話が増えるの、ますます苦痛だわ。
いつも通り不満の言葉が頭の中を高速で通過していくが、仕事は仕事として、進めなくてはならない。
「19:50からで、スクリーン3です。どうぞ、ごゆっくり。」
差し出されたチケットを確認した俺は、その客と目も合わせることなく、入場を促した。
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