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「体温って。」
「はあ。」
なんだよ、まだ何か言いたいのか。
面倒くさい気持ちが思わず眉間に皺をつくり、そのまま顔をあげた瞬間のことだった。
え。
額に人肌の感触、そして視界いっぱいに、黒く透き通った瞳が映った。
え。
な。
な、な、何が…。
「いや、体温の話なんだけどさ。
こうやって、額を合わせて測るのが正確なんて言うけど、あながち間違いではないかもな。君の額の方が、冷たく感じる。つまり、俺の体温より、君の体温の方が低いということだ。」
あまりにも対象物が近すぎたため、目の焦点がやっと合ってきた。
俺の顔とその客の顔の距離が近い、物凄く異常な状況ということを検知し、一瞬完全停止していた俺の頭の回路が、ようやく動き始めた。
「…はぁ⁉︎…ちょっ…なんっ⁉︎」
良く分からない声が出て、俺は一歩後ろへ飛び下がった。
何なんだこいつは。
やっと少し距離ができたことで、改めてその客の全身を視界に入れることができた。
身長は、俺よりは少し高そうだ。180cmには届かないくらいか。
細身に見えるが、適度な肩幅と胸筋。
仕事帰りなのか、よくある黒のスーツ姿だが、着こなし方がかなり様になっており、全く疲れている印象を受けない。涼しい目元は、こんな状況で完全に動揺している俺の方を、今もなお真っ直ぐに見つめてくる。
同性の俺から見ても、かなりのイケメン、としか言いようがない風貌だ。
少女漫画に良く出てくる、瞳からキラキラと星がこぼれるような表現を、今この男からリアルに感じている。眩しすぎる。が、しかし、相手は男の、しかも俺なわけで。こういうヤツとは対局に存在するような、地味でコミュ力も低めな人間だ。このケースの場合、完全に瞳の星の無駄遣いでしかない。
しかし一体何のためにこんなことを?
そんなに熱が低いという表示が許せなかったのか?地味でモテなさそうな俺を、からかうためか?
それは当然驚くだろ、こんなことされたら。例え彼女と毎日おでこで体温測りっこ、なんてしてるとしても、他人にされたらさ。まあ俺は彼女いないけどな!かれこれもう5年くらいいないけどな!なんか泣きそうになってき…いやいや今はそんな話はどうでも良い!
「ま、今の時代は、こんな密接も控えた方が良いね。失礼。」
その男の言葉に、そこかよ、と心の中では思ったが、いったいこの言葉に何をどう答えて良いか分からないまま、俺は曖昧な会釈を返した。
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