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拝啓、クソ親父さま。
書き出しから失礼をいたしますが、私はいま、キレています。ブチギレていると言っても過言ではないくらいです。とにかく本当に怒っていて、怒りながらこの手紙を書いているので、読みにくいところもあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
どうして私がこうも激昂しているのか、聡明なあなたならもうお察しのことかと思います。言うまでもありませんが、あなたが先日の私の結婚式に来なかったからですね。行かない行きたくないなどと、そちらで駄々を捏ねていたことは母さんからも聞いていましたが、まさか本当に来ないとは思っていませんでした。初志貫徹すべしはあなたの座右の銘でしたか? 大層な人生訓を掲げておられるようで、ご立派なことですね。
もはや終わってしまったことですから、積極的に蒸し返したいとは、私だって思っていません。ですが、このことを放置しておけば残る確執もきっとあるでしょう。あとになって振り返ったとき、後悔のような何かに苛まれることのないように、この手紙を出します。
何も私は、あなたが来なかったせいで恥をかいたとか、そういうことを責めたいわけではないんですよ。世間体がどうのと気にするほど高尚な家柄でもなし、お相手の家族も笑って済ませてくれましたし。
私はただただ、胸のうちにあるしこりを解消したいだけです。
あなたはなぜ式に来なかったんですか?
私とあなたが明確に犬猿の仲であったなら、納得もできます。もしそうなら、私だって別にあなたを呼びはしませんでした。ですけど、そんなことありませんでしたよね? 私とあなたは、私がうぬぼれているのでなければ、それなりに仲の良い親子だったはずです。世に言う仲睦まじさにまでは至らなかったかもしれませんが、一緒にお酒を飲みながらくだらない話に花を咲かせることもできましたし、家族旅行というものさえ、何度か経験しました。お酒を飲んでいるとき、旅をしているとき、あなたは笑顔でいるように見えていましたが……あれは幻覚だったのでしょうか?
あるいは、私の選んだ伴侶に不満でもありましたか? 確かに、優柔不断ですし、見た目もパッとしませんし、稼ぎがいいわけでもありません。ですけど、私は最良の人を捕まえられたと自信を持って言えます。それは紹介したときにも伝えたとおりです。あのとき、母さんと一緒になって、あなたも祝福してくれていました。あれは嘘でしたか? 嘘だったのだとしても、いちど偽ろうとしたなら最後まで責任を持つべきだと思います。それこそ初志貫徹すべきでしょう。このような形で不満を発露するのは卑怯ではありませんか?
それとも、単純に来るのが面倒だっただけですか? それなら、まあ、腹は立ちますけど、許します。有給休暇を取って新幹線で片道二時間半、確かに面倒です。私も、地元のクラスメイトの結婚式に参加しなかったことがありますからね。ひとのこと言えません。
いくつか可能性を挙げてみましたが、それらが的を射ているとは、正直なところ思っていません。あなたは不器用な人でしたから。作り笑いも、嘘の祝福も、あなたにできたとは到底思えない。面倒だったからという理由で片付けることも、同様に無理でしょうね。要領の悪いあなたは面倒事を避けるのがひどく下手でした。
本当にわからないんです。あなたが来てくれなかった理由が、見当もつかない。
まさか、血の繋がりがないことをいまさら気にしたなんて言いませんよね?
まさかとは思っていますけど、これだけは絶対に勘違いしてほしくないので、あえてお伝えします。
私にとって、父とはあなただけを指す言葉です。
あなたは義理の父親でしたけど、母さんと私のあいだにあった欠落を、ちゃんと余さず埋めてくれていました。
あなたと私が初めて会った当時、母さんはまだかなり精神的に不安定でした。私も、行儀の良いお子ではありませんでしたね。家庭は際どい均衡状態の上に成り立っていて、そこに混ざろうとするあなたのことはとても正気とは思えませんでした。私は心無いことを言った覚えがありますし、母さんもときおり体調を崩しては、刃物のようなセリフを口走りました。私と母とあなたの、三人の関係性がいまのいままで保たれ続けているのは奇跡だと思います。
つまり、あなたは奇跡みたいな人だったのでしょう。不器用で、要領が悪く、口下手なところはどうしようもない。そのくせ、やみくもにあたたかく、優しかった。母さんを支え続けて、私を庇護し続けてくれました。あなたがもう少し器用で要領がよかったら、地雷原みたいなその家庭はとうに見限られていたでしょうし、あなたがもう少しでも冷めた目をしていたなら、地雷を躱して歩き続けることはできなかったでしょう。
いつか、私が教員を殴って警察沙汰になったときのことを覚えていますか。
あなたは会社を早引きしてすっ飛んできて、何を言うよりもまず私をゲンコツでぶん殴りましたよね。反射で殴り返そうとしたらあなたの方がぼろぼろに泣いていたから、私は本当に驚きました。思春期を爆発させている連れ子を叱るというのは、きっと相当やりづらかっただろうと思います。それでも、あなたは真っ正面から向き合おうとしてくれました。向き合い方の乱暴さはともかく。
嬉しいというより、実を言うと当時の私は戸惑っていました。もっと以前に私が同じようなことで補導されたとき、私の種を仕込んだ男は迎えにすら来なかったんですよ。戸惑いは強かったです。でも、少なくとも、嫌な気持ちではありませんでした。
私と、たぶん母さんも、父親という役柄に収まる人物を常に心のどこかで求めていました。かつてその席に居座っていた人は、いつしか飲み屋とパチンコ店を往復するだけの生命体に成り下がりました。空白は、いつでも冷たかった。私は見ないふりをしていました。
あなたに殴られ、生まれてはじめて、欠け落ちたその場所にあたたかなピースが嵌った気がしました。
私は、誰かを「父さん」と呼んだことがありません。昔はそう呼ぶべき対象が不在で、いまは、気恥ずかしくて。あなたのことはずっと名前にさん付けで読んでいましたね。
ひょっとすると、あなたはそのことを気に病んでいたのでしょうか。もしそうなら、申し訳ないとは思いますけど、あなたをばかだとも思います。大ばかです。
私はただの呼び方に大きな意味を込めたりしません。それでもなお父さんと呼んで欲しかったのなら、それこそあなたは式に来るべきでした。新婦から両親へ、感謝の手紙を読み上げるというのは定番中の定番でしょう。私が苦心して書き上げたそっちの手紙の中では、確かにその呼称を使っていたのに。
私はいつまでも素直でしとやかな女性にはなれなくて、だから、正直を言えば式の最中に手紙を読むなんて嫌でした。そんなのって、こっ恥ずかしいったらない。ですけど、いざあなたが式場に現れず、その項目が簡略化されると、安堵よりも憤怒が勝りました。
あなたもご存知の通り、私は筋金入りの跳ねっ返りなので、式で読む予定だったあなた宛の原稿はもう棄てました。びりびりに破いてしまって、復元は不可能です。もういちど同じ文面を書いて差し上げる予定も当然ありません。
せっかくすてきな美辞麗句で彩った感謝を奉じようと準備していたのに、実際に渡せたのはこんな書き殴りの乱文になってしまいました。私の意図が正しく伝わったのか不安ですけど、いちいち検めるのもかったるいのでもうこのまま封筒に入れます。花嫁衣装を着た私の写真を、同封なんてしてあげません。
この手紙を読んで、もしもあなたに少しでも思うところがあったなら、そのときは、あなたの方から私達の新居にいらしてください。そして、式に来なかった理由を正直に話してください。恥ずかしいとか知りません。ちゃんと話してください。
その話が終わったら、こっちからも言いたいことがあります。言わないといけないことが、あなたのせいで言えていないんです。
休みを取って新幹線で片道二時間半。
私の父親はそれっぽちの面倒を惜しむ人ではなかったはずですよ。
敬具
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