お兄ちゃん

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お兄ちゃん

 話を変えて、ちょっとお兄ちゃんの話しをしようと思う。  僕の兄、(せい)ちゃんはとても優秀な人だ。  そのかわり、とっても厳しかった。  僕がテスト前日にも関わらず勉強をしていないときは毎回怒鳴られた。  「お前はなんでいつもいつも!」  でも決して「怠けやがって」とか「やる気ない」とかそういう言葉は言わなかった。  今でも誠ちゃんは「お前が怠けてやってないわけじゃないことなんて誰だって分かる。だから敢えて勉強することが大事だってことを口うるさく言ってたんだよ」とかお酒の席でしみじみ言うんだ。      中学校時代は菅原誠司といえばもはやブランドだったらしい。  そりゃイケメンだし、頭良いし、性格も抜群に良いからね。  「え!?あの菅原クン!?」って感じで。  その菅原クンの弟は僕なのだ。  中学に入ったときは、古参の先生から「あー、誠司の弟かあ、そうかそうかー!」とかなんか微妙に期待を持たれるような言い方をされたのが凄く嫌だった。  何より環境の変化にもやついてそんな言葉どころじゃなかった。  中学入学当時、とにかく暴れた。  意味もなく泣いて、やめろと手足をジタバタさせて、抵抗して。  「離せ!××××野郎!」「くそジジイ!」「あっち行けクソ野郎!」とか先生達に向かってとんでもないこと言ったこともあるらしい。  まあそれはじきに環境に適応して落ち着くんだけどね。  誠ちゃんは僕が入学して間もない頃、中学に来て僕の先生と話し合ったことがあると言ってた。  「お前の担任が林先生でよかったな、隣のクラスの町田だったらお前、どんな目に遭っていたことか」と兄ちゃんはほっとしたようにいつも言っていた。  林先生は僕の中学時代の恩師だ。  何故林先生でよかったかと言うと、理解のある先生だから。   実はこの林先生の二番目の子どもが僕と同じ障がいを抱えていた。  僕ん家と同じ、二番目の子が。      「穂花(ほのか)が障がい持ちだって分かったときは、私自分を恨んだの。どうして健康な体に産んであげられなかったのって。でも、俊に出会って誠司と話しをして、考えが変わりつつあるの、確かに分かっているつもりだったけど、まだ私全然だなって。穂花の長い人生をまだまだ大きな心で支えなきゃって思ってるの」  二者面談のときに先生が言った言葉。  メモにして取ってある。  穂花さんは今、高校生になったらしく時折りニュースでも次世代の天才ピアニストとして多くのメディアで取り上げられている。    ちなみに誠ちゃんは林先生にこんなことを話したらしい「俊をむやみに優しくしないください。分かっているでは俊はこのままだとダメになります。社会に出ていくのに最低限度のことは叱ってでも教えてあげてください。上っ面の愛情で俊の道を逸らせたくないんです。だけど、俊に出来ることはひたすらに認めてあげてください。俊は多分絵で生きていきます。それでも、どうか俊がこれから先の人生で愛される人間であって欲しいんです。林先生なら分かるはずです。お願いします!」こう言ったそうだ。  僕の世界一優しいお兄ちゃんは昨年結婚した。義姉の奈那(なな)さんのお腹の中にはかわいい女の子がすやすやと眠っている。  名前は生まれてから決めるだってさ。  誠ちゃんらしいよね。
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