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「私の恋人になってほしい」
30代後半くらいだろうか。紳士然とした人だった。俺が登録している通称「何でも屋」に依頼が入り、少し肌寒い風の吹く秋の初め、俺は
彼に会った。
「つい先月まで弁護士をしていた。脳腫瘍で余命1年を宣告されたんだ。私は男性が好きでいわゆるゲイってやつだ。自分の性的指向に気づいてから誰かと付き合ってなんてことはしてこなかったんだ。でも人生最後の一年を迎えるにあたって最後に恋愛の一つでもしてみようかと思って。どうかな、依頼を受けてくれるかな」
彼は穏やかに笑っていた。「何でも屋」は依頼主と直接話してから依頼を受けるか決めることになっている。
「どれくらいの期間ですか」
俺は混乱していた。こんな穏やかな人間が余命一年な訳がないと。何か裏があるのではないか。怖かった。
「そうだな、死ぬ1週間前までとかどうかな。まあ、いつ死ぬかなんて私にもわからないわけだけど。でも、そうなると一年くらい君を拘束してしまうことになるな。やはり、依頼を受けてくれるのは厳しいかな」
また笑ってた。本当に楽しそうな顔で笑ってた。
「何でそんなに笑っているんですか。俺はあなたが余命1年だなんて到底信じられません。」
俺は何でか怒っていた。普段は依頼内容を聞いて、規則違反じゃなかったら二つ返事で依頼を受けるんだ。でも、この時は何でか初めて会った彼に対していらつきを覚えていた。命を大事にしろ!みたいな柄にもないことを考えていた。
「そうかあ。同僚にもそういわれたよ。余命宣告された人には見えないって。」
何でだろうな、なんて彼は言ってカラカラ笑ってた。
「君が必要なら医者の診断書を貰ってくることもできるよ。決して、変なことを企んでるわけではないよ。神に誓って。」
男にしては細くてすらっとした指だった。コーヒーのカップを口に持っていく動きに無駄がなくて、ずっと見ていられる気がした。きっと日常的におしゃれなカフェやオフィスでコーヒーを飲んできたんだな、俺とは違うなって、ちょっと傷ついていた。だから、つい皮肉が口をついて出た。
「でもあなたみたいに素敵な人なら普通に恋愛できると思いますけど」
実際、彼の容姿はイケメンと呼ばれるもので、整っていた。背も高く、きっとモテてきたのだろうと思った。だけどそんな皮肉はものともせず彼は笑いながら言った。
「一年後死ぬけれど付き合って下さい、なんて言えるわけないだろう。だれも相手してくれないよ。対して、君へは金銭という対価を払うだろう。だから安心して付き合えそうだ。」
その言葉に胸が痛んだのがわかった。悲しかった。俺には無いその余裕が羨ましかった。
「いいですよ。依頼を受けます。今から俺はあなたの恋人です。」
半分開き直るような気持ちだった。
「本当かい!ありがとう。大切にするよ。」
本当によく笑ってた。
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