【2】11

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【2】11

ドアノブに見舞いの品を下げてすぐ帰るつもりでいたのに、足音が響いていたのか、玄関前に到着するより早くドアを開けた黒部に迎えられた。 「あ、すいません伊勢さんありがとうございます……」 「あーいいって寝てろよ!」 黒部の声はかすれていた。顔色もやはり悪い。「すみません、寒いんでドア閉めていいですか」と言われ、締め切った小さな玄関スペースで黒部と向き合うことになった。 「これ資料な。そんで薬とスポドリと栄養ドリンクとー、適当に食えるもん」 「ほんとすみません……助かりました」 「体調は大丈夫なの?」 「はい、寝てたらだいぶ良くなりました」 まったく起きあがれないほど良くないのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。俺は安心してリュックを背負いなおした。 「じゃあ、ゆっくり寝て治せよ」 「えっ、伊勢さん帰っちゃうんですか?」 「ああうん、届けに来ただけだから」 「お茶くらい出しますよ」 「いーって、寝てろよ」 「もうちょっといてくれませんか……?」 「え?」 「心細いんで、横にいてくれるだけでいいんです」 心細げに俺を見る目が切実で、こんな弱気な後輩を置いて帰るだなんて非道すぎるのではないか、と思った。いやしかし、情に流されている場合ではない。 「ご、ごめんやっぱ帰るわ」 「だめですか?」 「いや、俺高岡さんに今日早く帰るって言っちゃったし」 「え?」 さらりとその名前を出してしまったのは、ただただ迂闊だった、以外の何者でもない。 「伊勢さんって高岡さんと一緒に住んでるんですか?」 「あ、いや……」 「そうなんですか……」 否定の言葉が見つからず、無言がきまずい。しかしいまさら強引に話を逸らすことも、ごまかすこともできるわけがなかった。 「二人はどういう経緯で付き合いはじめたんですか?」 黒部の瞳には色がない。高熱によるものなのか感情に付随するものなのか分からない。どちらにしても、怖い、と思った。優しいはずの後輩を怖いと思った。その瞳に脅されるまま、二人のはじまりについて端的に説明するとそれまで黙っていた黒部がふいに顔を上げた。 「それ、同じことを俺が先にやってたらどうなってました?」 「えっ?」 「俺が高岡さんより先に、伊勢さんに好きですって言って、家に連れ込んでちょっと強引に伊勢さんが抵抗できないように持ちこんでたら、俺のこと好きになってくれました?」 何を言っているのか分からなかった。頭の中が重く、思考がまったく働かない。黒部の顔、高岡さんの顔、順番に点滅して消える。黒部の言葉は呪文みたいだ。たぶん、俺が、その意味をわかりたくないだけなのだろうけど。 「たまたま強引に好きって言われたから付き合ってるんでしょ? 高岡さんである必要ないじゃないですか」 「な、なんでだよそんなこと……」 「そんなことないんですか? じゃあ高岡さんのどこが好きなんですか伊勢さん」 まくしたてられ返事ができなかった。俺はこれまで、にやけた顔の高岡さんに「伊勢ちゃん俺のどこが好き?」と聞かれたときどうやって答えていただろうか。 「伊勢さん、俺でもいいじゃん」 腕を引かれた。脳もからだもまったく動いておらず、いつの間にか黒部の胸元に抱き寄せられていた。いつの間にか消えていた黒部の敬語が二人の距離感をあいまいにす?。そして、高岡さんに好きなところを聞かれたときの、普段の返事を思い出した。 ああ、いつもの屁理屈で、「好きなところなんかないです」と答えていたんだ。
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