夏が耳たぶにひっかかっていた

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夏が耳たぶにひっかかっていた

なぜ気温は体内から余裕を乾かしてゆくのか。 「暑っちい……」 せっかくの休みだけれど、たまには高岡さんとどこかへでかけたいなと思うけれど、とにかく暑すぎてどこへ行く気も奪われる。だらだらしているあいだに昼が来ていよいよ太陽は最高地点へ登りつめ、締め切った部屋はますます暑いし隣の人は起きないし。触れ合ったひざが熱すぎるからシーツの上を転がって逃げようとすると、なんでか追いかけられて抱きしめられて悪循環。起きてんじゃねぇのかこの人。まあどっちでもいい暑い。そんで腹減った。 「伊勢ちゃんどこ行くの?」 シーツを抜け出して身支度を整えていると、ふいに声をかけられた。やっぱり起きていたのか、と思いつつまあそんなことはいい。かばんの中から財布を取り出しながら答える。 「コンビニです。腹減ったし、アイスも食いたいし。高岡さんの分も買ってきましょうか?」 「あー待って、俺も行く」 「えー……」 「え、なんで。やだ? 一緒に行くのいやなの?」 「一緒に行くのはいやじゃないですけど……高岡さん準備に時間かかるじゃないですか」 「大丈夫、5秒でやるから」 「嘘つけよ」 そう、高岡さんは身支度を整えるのに時間がかかるのだ。すぐそこのコンビニに行くだけなんだから、顔と歯を洗えば寝巻きのTシャツ姿でも問題ないだろう。寝癖が気になるならキャップでもかぶっていけばいいわけだし。それでも高岡さんは起き上がると、シャワーで寝汗を流して着替えて歯を磨いてひげをそってスタイリング剤を手にとって髪型を整えて香水を振りかける。メイクに時間のかかる女子か、って言いたくなるような時間をかけて。この時間のあいだに行って帰ってこれるよな、と考えるのは不毛だからもうやめた。 「お待たせ」 さっきまでの寝ぼけ眼はどこへやら、爽やかな表情で玄関へ現れた高岡さんの耳たぶには、バーベル型の黒いピアスがひっかかっている。 「特にそういうとこですよ」 「なにが?」 「ちょっとそこまで出かけるのにもわざわざアクセサリーとかつけますよね」 「ピアスのこと? ちゃんとつけないとすぐふさがっちゃうからね」 なるほどもっともらしいご意見。外へ出て、鍵をかける高岡さんの耳に空いている、無駄に拡張された大きな穴をまじまじと見る。 「重そう……」 「俺の愛よりは軽いよ」 「ほんとあんたいちいちうるせぇな」 他愛ない小競り合いとともにすぐ近くのコンビニへ足を運ぶ。買いたいものは決まっていたので、早々に会計を済ませた俺と違って、高岡さんはいつまで経ってもやって来ない。ビニール袋の中のアイスが溶けてしまいそうで、一度店を出たあともう一度様子を見に入店すると、レジにつかまっている高岡さんがいた。 「今、キャンペーンでくじ引きやってるんですぅ」 店員の女の子は、俺の対応をしたときよりかわいい声で、かわいい身振り手振りで、なんというかあからさまな対応をしていた。高岡さんはいつもの何を考えているか分からない顔で、すすめられるままに専用ボックスに手をつっこんでいる。 「あ、はずれだ」 「ざんねーん。もう一枚引いていいですよ!」 「え? いやダメでしょ。俺そんな買ってないし」 「大丈夫ですよぉ、このキャンペーンももう終わっちゃうし、欲しい商品当たるまでいっぱい引いてください!」 くだらないやりとりに待たされているあいだに、食べたかったアイスが溶けてしまうのは癪だ。声をかけるのはやめて外へ出て、アイスを食べながら歩き始める。 「伊勢ちゃん!」 ほんの少し歩いたところで追いつかれた。購入したばかりのミルクバーの一口目を、飲み込むか飲み込まないかのところで。 「びっくりした、急にいなくなるから……どっか行くのかと思った、おいてくなよ」 「……」 「どうした?」 「高岡さんが外出るたびに身なり整える理由が分かりました」 「え、何?」 「ちょっと整えればどこ行ってもあーやってチヤホヤしてもらえるんですもんね。そりゃーいいですよね」 暑いからだ。 たった数秒で、口に出したことを後悔するような分かりやすい嫉妬心をもらしてしまうのは暑いから。熱に浮かされた重い頭が正常に機能していないから。そんな言い訳が通用するのかしないのか、口にするべきかそれは墓穴ではないのか、動かない頭と黙り込んだ時間を責め立てるように太陽が照りつける。 ミルクの滴がぽつりと、親指のつけ根にこぼれた。 「……溶けてる」 俺より先にそのことに気づいた高岡さんは、腰をかがめて俺の指に吸いついた。突然のことに、思わず足を止めた俺をかがんだまま見て、言う。 「伊勢ちゃん、俺はね」 いつの間にか蝉が鳴き始めている、気の遠くなるほど暑い夏が来た。 「伊勢ちゃんとコンビニ行くのも、俺はデートだと思ってるんだよ。だから身だしなみも整えるよね、そりゃ」 かがんだ状態から姿勢を直すとき、黒いピアスに太陽が反射して、光を放つように輝いた。そのときに気がついた、耳が赤くなっていること。きっと、つい先程の言葉に対して格好つけてしまったと早々に恥ずかしくなっていること。本当に恥ずかしいことはさらっとやってのけるのに、変なところで照れる人だから。 「……俺、重いでしょ?」 少し先を行き、振り返らないまま言い訳みたいにこぼす。背中を見ながら、なんだか笑ってしまった。まあ、俺は重いのが嫌なんて言ってないですけどね。 「アイス、食べきった?」 家に着くなり聞かれた。木の棒を捨てながら「はい」と言うか言わないかのあいだにくちびるを塞がれて、質問の本質はアイスをきちんと食べ切ったかどうかではなくて、もうキスしていいかと問いたかったのだと知る。 「ん……っ、ん……」 「あっま……」 舌でくちびるをなぞりながら、高岡さんはアイスの風味を味わって少し笑った。そうしているあいだに、Tシャツの中に手が忍び込んでいて、汗でじんわり濡れた肌に触れられる。 「あ、待っ……」 「んー……?」 「ふろ、はいる」 「いいよ入んなくて」 「なんでですか、結構汗かいたから……」 「俺もだよ」 「でも……っ」 「汗、かいてるからいいんじゃん」 身だしなみを整えて格好つけてみたり、そうかと思えば汗と体液でふたりの境目が分からなくなるようなどろどろの行為を好んでみたり、この人のことは相変わらず分からない。ひとつ分かるのは、俺の「やだ」や「でも」なんか理性を失った高岡さんの前ではなんの意味もないということ。それでも、一旦行為がはじまってしまえば性懲りもなくくりかえしてしまうということ。 「んあ、や、やだっ、それ……!」 「なんで……? 伊勢ちゃんこの体位好きじゃん」 「んぁ、あっあっぁっ……!」 「ほら……、奥まで入ってるでしょ」 夏の日の真昼間のうす汚れたワンルームで熱いモンねじこまれてがんがん腰を打ちつけられ、悲鳴みたいな情けない声が出た。足を抱えられてひねられて、自分が今どういう姿勢になっているのかよく分からないけれど、暑い部屋が脳みそをさらに使えないものに変えてしまうから、悲鳴みたいな喘ぎ声と心にもない「やだ」ばっかりこぼれてぬるい部屋を濡らす。 「あ……っ、はぁ、伊勢ちゃん……っ、んっ」 暑いからか興奮しているからか相乗効果なのか、高岡さんもいつもより余裕がない。恥ずかしい言葉責めもどきも早々に切り上げて、衝動のままに動いてはかすかな喘ぎをもらす。 「あ……っ、はぁ、あっ、きもちい、伊勢ちゃん、あ」 腹立たしいほど余裕しゃくしゃくな姿を見慣れているので、こういう姿は貴重だ。正常位に持ち込まれたタイミングで、目を開けておおいかぶさる高岡さんの顔を見たら、興奮が体中を染めて、耳まで赤くなっていた。ふうふうと乱れた呼吸をこぼす口もと、獣のように闘志を燃やす目の奥、こめかみからあごまでをなでる汗の筋、そして真っ赤な耳たぶにぶらさがる重そうなピアス。かすんだ視界の中で見つけたら、いてもたってもいられなくなった。 「ちょ……っ!」 首に腕を絡めてしがみつき、赤くなった耳たぶとピアスを口に含む。汗の味がする。ねっとりと舌で弄ったら、中に入ったままのものがびくびくと反応し、膨張するのが分かった。 「ははっ、たかおかさん」 「……っくりした……」 「耳敏感なんですね……っ、あっ」 新たな性感帯を知ると、なんだか勝ったような気になる。そんな俺のずるさの前で、高岡さんはぱちぱちと瞬きをしたあと、急に身体を密着させて覆いかぶさり、容赦なく腰を打ち付けてきた。 「あっあっあっ、やめ、はや……っ、あっ!」 「このやろう……」 ひじをついて覆いかぶさってくる高岡さんから、逃れる術はない。持ち上げた自分の足が空中で情けなくぴょこぴょこ動くのを眺めながら、ただ揺さぶられてあうあう言うことしかできない。そのうちに頭を抱え込まれ、耳もとにくちびるを寄せられた。 「ひっ、ちょっ、あ!」 「……仕返し」 「んっ、んんー……!」 耳の穴に入り込んでくる熱い呼吸と舌に、震え上がるくらいぞくぞく感じた。耐え切れないほどの感覚にいやいやと首を振って逃れようとしたけれど、のしかかる身体に制されてかなわなかった。俺は高岡さんの前で、なんにもできなくなる。そう認めるとき、快感の高波にさらわれる。 「あ、や、むり、むりっ、あっ、あっ……!」 腕と身体に閉じ込められた、狭いスペースの中でがくがく震えながら達した。高岡さんはそのままがしがし乱暴に動いて、数秒後に「っく……」とうめいた。二人分の乱れた吐息と汗と蝉の声が部屋を満たす。 「……あっちぃ!」 「今気づいたんですか……」 「……俺もアイス買えばよかった」 「買わなかったんすか」 「タバコしか買ってない……シャワー浴びて買い行く?」 「やですよ……また準備に時間かかるじゃないですか」 がばりと身体を起こして、二の腕で顔周りの汗をぬぐう高岡さんを見上げながらもれる言葉はけだるい。高岡さんは処理をはじめながら、シーツに寝そべったままの俺をちらりと見た。 「……デート、する?」 まったくずるい人だ。
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