あたまのなか

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あたまのなか

俺はすぐ感情的になるし言葉はあんまり知らないし、どうしたっていつでも悠然とふるまう高岡さんには勝てやしないのだけれど、それでも自分なりに色々考えてるんですよっていう話。 「はぁ……いせちゃん」 高岡さんはよく名前を呼ぶ。かと言って呼びかけているわけでもないらしい。挿入する瞬間や射精する瞬間、口癖みたいに呼ぶ。今も、ぐち、ぐち、とローションがねばつく音を響かせながら、正常位で少しずつ入り込んできた高岡さんは、根本まで深く挿入したあと息を吐きながら、俺の手を強く握って名前を呼んだ。 「伊勢ちゃん、きもちい?」 呼びかけが実は呼びかけでないように、これもやっぱり質問ではないらしい。俺が答えようと、首を振ろうと高岡さんはまるで無関係に、自分の受け取りたいように受け取って納得する。くちびるを噛めば照れている、首を振れば強がっている、きもちいいと答えれば今日は特別素直だという具合に。なのでクエスチョンマークは無視して息を吐くと、背骨のあたりを快感が駆け抜けていった。 「ん、んん……」 「かわい」 笑っている。くちびるの端を持ち上げ、高岡さんはいかにもうれしそうに笑っている。何を面白いことがあるのかと聞きたくなるが、その問いも、やっぱりとうに意味をなくしている。なにも言わずに、ただ不服であるという表明のためだけに睨むような目を向けると、高岡さんは腰を動かしながら本当にうれしそうに笑って、上半身を倒し首もとにキスをした。 「伊勢ちゃん、おれとセックスできて、うれしい?」 なにがどういう理屈でその結論に達するのかまるでわからないのだけど、ともかく高岡さんは俺が喜んでいる、と思ったらしい。セックスできてうれしい、ってそれ禁欲してた奴の発想だし、俺はしてないし、高岡さんもしてないし、つーか昨日もその前もやってるんだし、なんなら今日の朝も挿入こそしなかったけれど朝の微睡みの中で勃ちあがっていたものをごく自然に重ね合わせ、一度ずつ射精したというのに、うれしくなることがあるか。禁欲はおろかなんなら人よりヤッてるくらいだ。それでも足りないというのは高岡さんくらいだ。これほどに高い頻度で触れ合っているのに、正直もう、ヤリまくっていると言っていいくらいの頻度なのに、高岡さんはなおも空いた時間を見つけて触れたがる。射精はできないタイミングでも、とにかく肌と肌を触れ合わせていたいらしい。 「んっ、は……う、うれしいのは、高岡さんのほうでしょ……っ」 「そうだよ」 揺さぶられながらあいまに放り投げたつもりの嫌味は、あっさり受け入れられてしまった。それはそれで困る。返事をしたいのに高岡さんが腰の動きを止めてくれないから、息が切れるばっかりで考える機能を奪われてしまう。喘ぐほど酸素が少なく、苦しくなるとわかっているのに、声が出てしまうのをおさえきれない。 「んぅ、っ、あっ」 「うれしいよ。伊勢ちゃんとエッチすんの、いっつもうれしいよ。気持ちいいし、かわいいし、すげー興奮する。好き」 もはや独り言だ。それでも全然構わないといったようすで、腰を打ち付けながら淡々と言い続けている。静かに、着実に声に力がこもっていく。自分で言いながら、自分に着火しているのだろうか。コミュニケーションはもうとっくに、一方通行になっている。 「伊勢ちゃん、どうされるのが一番気持ちいい?」 かと思えば質問のときもある。突然、動きを止めて聞かれれば、快感に脅かされてとても答えられませんというふりも続けられない。あたまのなか、半分とろけて半分理性が残っていて、そんなタイミングで聞かないでほしい。 「ん、んっ……」 「ね、教えて」 ゆっくりと引き抜かれ、あ、このまままた一番奥まで突かれてしまう、と身構えたが、結局そのまますんなりと抜かれてしまった。行為の途中で抜かれてしまえば、身体に穴が空いたように感じる。いや、実際に空いているのだ。高岡さんの分、ぽっかりと空いてしまっている。空いた孔はひくつきながら、高岡さんが戻ってくるのを待っている。高岡さんの目にもその光景は明らかであるはずなのに、実際に高岡さんも俺の顔でなく、先ほどまで結合していた部分にばかり、いやらしい視線を奪われているというのに、高岡さんはなにやらずるずると喋ってばかりで行為を再開せず、俺の希望に気が付かないようにふるまう。 「ねえ、伊勢ちゃんが一番気持ちいいやつ教えて。気持ちよくしたいから」 「……っ、な、んでもいい」 「なにそれ、適当じゃん」 自分の声が思ったよりもかすれていて、自分で驚いた。行為中の声はいつのまにか出ているし、いつのまにか思わぬボリュームになっているから、あとから声が出なくなっていることに気が付くのだ。渇いた喉を震わせながら、懸命に伝える。 「ほんとに、なんでもいいんです」 「なぁに、なんでもいいって。そんなに興味ないってこと?」 「ち、違うんです」 「なにが」 ぎゅ、ぎゅ、と、ひくついた部分が自分の意思と無関係に動いてしまうことに、気づいているけれどとめられない。喉は痛いし、正常位のあいだ持ち上げていた足も疲れ切っている。それなのに、早く再開してもらいたくて、挿れてほしくて、腰が動いてしまう。 「本当に、な、なにされても、き、気持ちいい、から……」 喉を痛めないようにゆっくり口にしたら、じわじわと浸透するように恥ずかしくなった。顔が熱くなって、今すぐ隠したいけれど、腕で顔を覆ったらあからさまに照れているとばれてしまいそうなので平気なふりをして高岡さんの顔をみつめつづける。 高岡さんが、また笑った。口角を持ち上げ、支配欲を満たされた愉悦の表情で俺を見ていた。そのまま腕を引かれ、ほとんど強制的に姿勢を変更させられてしまう。背中を押さえつけるように、後背位に持ち込まれた。そのまま衝動のまま動き出され、抵抗する暇もなかった。空いていた部分がようやく満たされたのに、堪能する時間もない。 「んっ、あっ!」 「あーかわいい、ほんと、ほんとかわいい」 背中からまた独り言が降ってくる。言葉は他愛ない独り言のようなのに、腰を打ち付ける速さは容赦ない。腰をがっつりつかまれて、ぐちゅぐちゅぐちゅと結合部が下品な音をたてるのを聞きながら、されるがままになっている。油断をすればすぐにでも達してしまいそうだった。それはおもらしの感覚に似ていて、あわてて自分の性器に手を伸ばす。 「あっ、あっ、だめ、あっ、むり、いく、いっちゃ、あっ、あっ!」 「いって? 伊勢ちゃんいって? きもちよくなって? 俺も気持ちいいから、伊勢ちゃん」 「あっ、んあぁ!」 がくがくと痙攣しながら達すると、ほとんど同時に高岡さんも「んっ……!」と絞り出されるような声を漏らした。射精後も余韻は長く続き、びく、びく、と背中を震わせながら、快感が鎮まるのを待つ。高岡さんは背中に覆いかぶさりながら小さく「あっ……、は……っ」と吐息か声かわからない息を漏らしている。 「……ティッシュ……」 「ん……ちょっと待ってね」 余韻がようやく落ち着き、弱々しくつぶやくと、高岡さんがゆっくり身体を起こし、これまたゆっくりと、挿入したままの性器を引き抜いた。油断していたわけではないはずなのに、この瞬間はいつも、声が漏れてしまう。 布団に寝転がったままの俺は、身体を起こして箱ティッシュへ手を伸ばす高岡さんを見ていた。一、二枚引き抜いたティッシュを渡してもらえればよかったのだが、高岡さんは律儀に、ティッシュで俺が吐き出した精液を拭った。一度捨て、新しいティッシュでもう一度手や性器を拭き取り、また捨て、新しいティッシュで太ももや周辺を拭きはじめた。あらかた終わってから、ようやく自分の処理に入る。外されたコンドームの中には、大量の精液が吐き出されていた。自分の処理をする手つきは、俺に対するそれよりずいぶん雑で、またそちらが高岡さんの本質に近いのだと思う。 「ん? どうした?」 俺が見ていることに気がついた高岡さんが、ふいに顔をあげて首をかしげる。呆けたまま、ああ俺やっぱり、この人のこと大好きなのかも、と思う。あたまのなかに置いておくだけで、決して言わないけど。
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