啓介 3

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啓介 3

 毎回同じ終わり方をしているのに、その理由に気づかないほど啓介の頭は悪くなかった。考えれば当然の論理なのだ。ただの友情関係にこんな湿り気はいらない。傷付けられた後に癒されることは、癒す方よりももしかたら快感かもしれないが、まともな精神の持ち主なら、いくら癒されようが、何度も傷付けられる事の方に保たなくなる。  友達なんて、他にも沢山いる。ダメになったら、また次を探せばいいだけなのだから。    それは当然、啓介にとってもそうなはずだった。だから今までだって人形が冷たくなったら他の人形を探してきた。なのになぜ今になって、こんなにも心が押し潰されそうになっているのだろう。啓介は計り知れない衝撃を受け、両足が地面に沈み込んでしまいそうなほど重くなっていた。それは、杉山が、啓介にとってただの友達ではなかったからだ。寂しい。寂しくてたまらない。  ずっと気付いていたのに気付かないふりをしていただけだ。何故杉山と仲良くなろうと決めたのか。自分と正反対のがっしりした筋肉質の身体に、素朴で優しい目と低い声。杉山の話は啓介にとって興味深くはなかったし、面白いとも思わなかった。けれどずっと聞いていたのは、杉山を思い通りに動かしたいからなんかじゃなくて、本当は、杉山が楽しそうに話している表情をできるだけ長く見ていたかったからだ。杉山の身体に触れたかった。自分の生白くて細い腕とは全く違う、あの浅黒い腕に触れて、杉山の体温を感じたかった。杉山を独り占めしたかった。本当は、杉山のことを、「友達」だなんて思った事は一度も無かった。  何度も冷たくして、何度も優しくした。何度も続けたのは、自分が受け入れられているのか本当は怖くて、本当は不安だったからだ。どこまで許されるか試したかった。啓介には、杉山に何度傷付けられても許せる自信があった。ただ、同じ気持ちでいて欲しかった。だから何度も試した。そのやり方しか知らなかったから。そして、壊してしまった。  中学くらいから、男子にとって友達は圧倒的に女の子に負ける存在だと気付かされた。いつからか、友達同士で恋愛映画を見に行こうと誘っても、カフェに行こうと誘っても、ディズニーランドに誘っても、「男同士で行ってもなぁ」「彼女が出来てから行きたい」とか、そんな理由で断られるようになった。啓介は、そう思えない自分が異常なのだと感じた。みんなから取り残されていくようだった。みんなが幸せだと思っているものを自分だけは一生かかっても掴めないかもしれない。自分だけが大きな滝の裏側の暗がりにいて、滝の向こう側のみんなと分断されている。滝の音で声は全く届かないので、向こうも滝の裏側の啓介の存在には気付かない。今までは、望むものは大方手に入っていたのに。  寂しくてたまらなくて、それでも今までの成功体験から、友達の作り方や友情の確かめ方を変える事はできなかった。そして何度も失敗した。それは遠目から見たら蟻地獄にはまっているように見えた事だろう。それでも、何度地獄を見たとしても、杉山とのの「友情」だけは貫き通せれば構わなかった。どちらかと言えば女子には人気のなさそうな見た目の杉山を好きになったのは、女の子を選んで自分を裏切ったりしなさそうだという打算もあったかもしれない。けれどそんな感情は既に消え去っていた。もう既に、杉山の匂いが好きだった。杉山の頷き方が好きだった。杉山のうなじが好きだった。杉山が何を話すか考えているときに右上を見る癖が好きだった。  冷たくなってしまった人形にもう一度熱を吹き込む事は出来るだろうか。諦めたくない。自分は何だって手に入れてきた。無関心だけは耐えられない。とにかく杉山の感情を動かしたい。  そう言えば杉山は、隣のクラスの水田さんの事を可愛いと言っていた。シャイな杉山が女の子の事を話したのはあの時だけだったから、きっと好きなのだろう。水田さんと仲良くなったらどうだろう。水田さんと話している所を見せつけたらどうだろう。水田さんと僕が付き合ったらどうだろう?  それはとても良い考えに思えて、身体が上気してきた。そうと決めたらすぐに行動に移さなければ。啓介に話しかけられて嫌な顔をする女子はいないはずだ。誰を足がかりにすれば自然と会話できるだろう?そんな事を急いで考えながら、啓介は、身体の芯が氷のように冷たくなっていくのを感じていた。
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