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杉山 2
ある日啓介は、杉山に対して突然冷たい態度を見せた。昨日までの2人の関係を忘れてしまったかのように、休み時間になっても目を合わせてくれず、杉山が近付くと席を立ち、避けるような仕草を見せる。
その時杉山は、小学生の頃家族でハワイ旅行に行った時の、入国ゲートで税関の職員にパスポートを見せて印鑑を押してもらっている瞬間の心許なさを思い出す。両親は先にゲートを超えていて、自分だけが言葉の通じない外国人と対峙させられていたあの時間は、ハワイの熱気のせいかねっとりと重く長く永遠のように感じ、壁の向こうに行けば両親が待っている事はわかっているのに、寂しくて怖くて仕方なかった。何か悪い事をしてしまったか、何か啓介の気に障るような事を言ってしまったかを必死に考えても思い当たる理由は無く、全身の体温がゆっくりと下がっていく心地がする。
あまつさえ、啓介は杉山とは別のグループに属しているクラスメイトと仲良さげに話し出したので、杉山の心の粘度は急に高くなった。人気はあるがおしゃべりなタイプではなく、部活にも所属していないどこかミステリアスな雰囲気の啓介は、決して友達が多い方では無いはずで、そんな啓介が自分には、自分にだけは屈託の無い笑顔を見せてくれるのが嬉しかったのに。自分は選ばれたと思っていたのに。
その日は昼ご飯の味がしなかった。いてもたってもいられず、帰りのホームルームが終わるとすぐに帰宅する啓介を追いかけ、昇降口で声をかける。すると啓介は、幾分芝居がかったようなゆっくりした仕草でこちらを向き、「どうかしたの?」と聞く。杉山は、啓介が本当に不思議そうな表情でこちらからの質問を待っているのを見て、話しかけた口実を慌てて考えなければならなかった。「今日、あの、8時から歌番組に俺の好きなバンドが出るから、見てよ」「なに、そんな事言うためにわざわざここまで来てくれたの?別に動画なんていつでもYouTubeで見れるし」「いや、生歌を聞いてほしくてさ」「わかったよ、じゃあ感想LINEする。また明日」そう言った啓介の目尻には花弁のシワが咲いた。杉山はそれを見て、心がサラサラに流れていくのを感じた。
その日の夜、啓介からは本当にLINEが届いた。その場をやり過ごすための嘘ではなかったのだ。
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