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啓介 2
啓介を見つめる杉山の瞳は、1人群れからはぐれた小鹿のように不安に溢れていたが、啓介がいつも通りの笑顔を見せて対応するにつれて、杉山の中の張り詰めていた何かが急速に溶け出していくのが見えるような気がした。愛するものから傷付けられて、またその愛するものから癒される瞬間。この瞬間は、杉山を傷付けることが出来るのは啓介だけで、杉山を治す事が出来るのもまた啓介だけなのだと信じられる。その甘い味に酔い痴れる。傷付けて、それを治す事を繰り返す事でしか愛は深められない。
啓介にとって大概の人間は、ある条件に置けば、自分の思う通りに行動してくれるものだった。人形遊びと一緒だ。今までも何人もの友達に同じことをしてきた。そしてまた今回も啓介の思い通りになったのだ。
しかしこうした安全な人形遊びも、度が過ぎると人形が壊れてしまう。傷付けて、それを治す瞬間のあのねっとりとした快感を味わうために同じ行動を何度も続けていくと、相手も不信感を持つようになる。最初のうちは相手の態度の原因は自分にあるのだろうと疑わず、疑心暗鬼になるが、そのうちに相手に原因があるのではと気付くようになる。自分は振り回されているだけだと感じるようになる。そうして、自分が神経をすり減らす程に気にかけている人間は、本当は取るに足らない人間だと感じるようになる。
「なんでもない」
軽蔑に滲んだ目で杉山から見下ろされた時に啓介は全てを悟った。自分から話しかけてきたのに、去っていく杉山の足音を聞きながら、まただ、と思う。今までも同じだった。終わりまでの時間の長短に違いはあれど、終わりはいつも一緒だ。思い通りに動いてくれた人形が、冷たくなって動かなくなってしまった。
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