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「やっぱやめましょう」 バスルームから出ると中野は散らかった部屋の電球の下で自主的に正座し、こうべを垂れていた。ああめんどくさいモード入っちゃってんな、と思った。しまった、シャワーなんていう現実的な隙間を作ってしまったせいで、冷静になったのは中野の方だったらしい。 「以前から深瀬さんのこと知ってて憧れてたって言っちゃったことちょっと後悔してます。口にしないで留めておけばよかった。俺、深瀬さんに気を遣わせたくて言ったわけじゃないんです」 「いや、別に気ぃ遣ってないけど」 中野の若さはこういうところで見える。自分の世界にとらわれ、こちらの顔色も伺うことなく一方的に言い募るとき、中野は俺の感情などないもののように扱う。自身の正当性を主張することに必死になり、ひざに拳をすりつけながら懸命に喋る。 「深瀬さんは優しいから、俺に流されちゃってるんだと思います。そりゃあ一回でも流されてくれるならラッキーだな、って思わないわけでもないんですけど、これからを考えるとそれはそれでつらいです。だって深瀬さん、ゲイじゃないでしょ」 「まあゲイではねぇな」 「でしょ? だからこんなこと」 俺は正座した中野の正面にしゃがみこみ、俯きながらつらつらと何か言い続けている中野の両頬をてのひらで挟んで強引に持ち上げた。中野は言葉の途中で強制的に顔を持ち上げられ、安電球の明るさと俺の表情をようやく思い出したのだろう。 まったくばかなやつだな、と思う。だからこそ、かわいいやつだ。 「ゲイじゃないけどお前とならできんなってくらいにはお前のこと好きだってことだよ」 中野はくしゃりと顔を歪ませた。くちびるがやわく震えていた。俺なりの渾身の告白だったのだから、わあうれしいと笑ってもらいたかった。 「そ、そんなわけな……」 「あのな、お前がどう思って何を信じるのも勝手だけど一方的な思い込みで俺の告白まで堂々と否定してんじゃねぇよ、それ結構腹立つからな」 すこし、恥ずかしくなったのだ。こんなに誠実な告白をしたのははじめてだった。しかし中野は乱暴な自己否定感で、俺の言葉さえ受け流そうとする。そうさせないために首を伸ばし、触れるようなキスをしてみた。中野は泣きそうな顔で、ようやく笑った。 「……俺この会社入って深瀬さんのイメージどんどん変わっていきます」 「なんだ悪口かこのやろー」 「いえ。こんなに男前な人だったんだなって毎回思います」 「俺はいつでも男前だよ?」 「そうですね。異議なしです。大好きです」 中野は俺の背中に腕を回した。最初はやわい力で拘束し、首もとに顔をうめ溜息をついた。そしてぎゅうっと強く抱きしめる。お、と思った。男の胸板で、男の力強さできつく抱きしめられたのははじめてだが、悪くないのかもしれない、と思った。 「深瀬さんも、俺のイメージ変わっちゃうかもしれない」 「いやすでに結構変わってきてるから気にすんな」 「俺ぜんぜん忠誠心ある後輩じゃないですよ」 「あーそんな感じそんな感じ」 「深瀬さんに嫌われたくなくて無理してただけなので」 「まあ、多少生意気な後輩のほうがかわいげあるけどなあ」 中野の髪を撫でると、中野はとろりとした目に俺を映す。告白とハグと体温で、俺たちは上司と部下を脱ぎ捨てられる。 中野がしあわせそうな表情のまま、さらりとつけたした。 「俺はどっちかっていうと忠誠心をしつけたいタイプなんですよね」 よく見ると中野は睫毛が長く、鼻筋がすっとして結構きれいな顔をしている。なにもかもゆるしてくれそうな甘い表情で言われると、心臓の裏側が冷える。
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