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「お前っ……、は……」 「なんですか?」 「も……っ、それいい、いいからっ……」 「だめです。もっとやわらかくしないと絶対痛いんで」 ローションとコンドームはなんにせよ必要だろうと用意しておいたが、あとは「よくわかんねぇからお前の好きなようにしてくれ」と伝えた。中野は今まで見たことがないくらい、それこそ告白の瞬間よりよほどうれしそうな顔をして、にやけた口もとを手で隠しながら「ほんとですか」と呟いた。 まさか、本当に好きにされるとは思わなかったのだ。 「ん、んあ、も、やめろお前」 「やめません。好きにしていいって言われてるので」 「じゃ、じゃあちょっと休ませろ、イった後だからしんどいんだよ」 「でしょうね。大丈夫です、わかってますよ。それに、すぐに気持ちいいのほうが強くなりますよ」 キスのあと、中野は身体の隅の隅まで舌を滑らせた。そのあいだ、集中しているのかなにも言わない。「くすぐってえ」「それやめろや」の言葉にも反応しないので、なにか勘に触ることがあったのではと不安にさえ思った。指と舌がへそから脇腹へ、腰骨へ、太ももへとさまよいついにその部分へ到達したとき、恥ずかしいことに俺はかなり限界に来ていて、相手の承諾もとらず射精してしまった。吐き出した精が中野のやわらかな髪に付着してしまい、とっさに「すまん」と言うと、中野は「うれしい」とつぶやいた。よくわからない日本語を使うやつだ。 「うあ……、や、やめろきもちわりぃ……」 「気持ち悪くないでしょ、気持ちよくなってきてるでしょ?」 「はっ、んなわけあるかばかやろ……」 「中触ればだいたいわかりますよ。深瀬さんがどのくらい気持ち良く思ってくれてるか」 後ろから俺を抱え込むようにした中野は、見知らぬ場所を指先で暴きながら、先ほどとは打って変わって流暢に喋り出す。痛みというより、強い違和感に余裕がなくなる。なによりも、中野が顔を赤くして興奮をあらわにしていることに、慣れない。 「ん…………っ!」 「あー深瀬さんかわいー……声聴きたいなー……」 「あほか、ボロアパートだぞ……っ」 「じゃあ次はホテルですね、ホテルなら声もなんも気にせず色んなできますもんね。そのときにもっともっと好きにさせてもらいます、楽しみだなぁ」 潜り込ませた指先をぐちゅぐちゅと動かしながら、中野はほんとうにたのしそうに笑っている。余裕を感じるほど悔しくなり、俺はくるしい息を吐きながら肩越しに振り返り、にやけた中野を睨みつけた。 「は……っ、二回目があると思ってんなよ……」 「え、じゃあなんですかこれ。行きずりですか? もしかして深瀬さん最初からそういうつもりだったんですか?」 「ん……ぅ」 「両思いだしエッチはするけど付き合わないって感じですか? 悲しいなあ。死ぬまで一緒にいたいくらい大好きなのは俺だけかあ」 自身の見知らぬ場所から、ローションの水音ばかりが聞こえている。会社では深瀬さん深瀬さんとかわいく慕ってくる中野は、主導権を振りかざして笑っている。悲しい、なんて言いながら、端々から加虐的な色が見え隠れしていて、こちらが本心なのだろうとうかがえる。 「な、んでもいいからはやくしろ……っ!」 「え?」 「も、もういいって言ってんだろ……!」 「でも深瀬さん、いったばっかりでつらいんですよね。それならもっとゆっくり……」 「いいから、頼むから、早く……」 荒れた呼吸の合間に絞り出すようにつぶやくと、中野は俺の目をまっすぐ見て「はい」と笑った。はじめて中野の笑顔を怖いと思った。怖いけれど、その怖さが意外性と結びつくたとき、自分が思ったより惚れていることをはじめて実感した。 言われるまま仰向けになると、すぐに中野が覆いかぶさってきた。ところで俺は、新たな事実にはじめて気づいた。正常位は、とんでもなく恥ずかしい姿勢だった。なにが正常だばかやろうと言いたくなるくらい。 「……痛いですか?」 「い、たくねぇわけねぇだろばかやろ……っ」 「ん……もうちょっとです……」 時間をかけ、一ミリずつ動かすような慎重さで、中野が入り込んできた。俺は唇を噛みしめ、身体中汗だくになりながら耐えるしかない。 「はぁ……なんとか、全部入りました……」 「く、っ……」 「動いてもだいじょうぶそうですか……?」 「す、きにしろっつってんだろ……」 「そんなこと言って、ほんとに好きにしたら大変なことになっちゃいますよ?」 「男に二言はねぇんだよ……」 「はは、かっこいー」 さすがにカチンときた。ただでさえセックスという行為において、年下に主導権を握られることに疑問がなかったわけじゃない。その上中野は繊細な処女を扱うように振る舞う。こんな状況下で「かっこいー」なんて言われて喜ぶバカがどこにいるのかと口を開きかけたそのとき、内側のものがすこし擦れた。 「んぁんっ!」 「あ、かわいい声出ましたねぇ」 「……っ!」 「あーこらえないでくださいよ、もっかい聞きたいな、今の」 「るせ……っ」 「どこ突いたらもっかい出るかなあ」 中野がすこし腰を引くだけで、意志とは無関係に喉がひくつく。喘ぎたくなんかないのに、性器が狭い部分をぐちぐちと押し広げ奥に入り込むと、覚えたことのない感覚に驚き声が零れてしまう。いやだ、はずかし。しかし今、からだとこころはとおく離れた場所にある。 「あ、ぅ、あ」 「は……きもちいいですか……?」 「ん、あ、あっ」 「あ……深瀬さん……深瀬さぁん……」 「テメェるせぇんだよ……! 黙ってやれよばかやろ……!」 俺はシーツの上でかえるみたいに足をかっぴらいた情けない体勢のまま、最後の理性で拳を握り中野の胸元を叩いた。中野はにやりと笑った。 「やれ、だってやらし……」 「は……っ、ん」 「深瀬さん、めちゃくちゃ気持ちいい」 「ん、んぅ」 「深瀬さんもきもちよくなって……」 「ん、んぁ!」 中野のぼそぼそした声が俺の皮膚を撫でるように滑っていく。這い上がるざわざわした快感に戸惑っていると、中野の手が伸びてきた。性器をこすられると所在のない感覚が「快感」に集約されていき、あっというまに呆気なく達してしまった。短い期間に二度目の射精は倦怠感も引き連れ、とろけているうち内側でどくどくと動くような感覚があり、中野も達したのだと気づいた。 「はぁ……っ」 「……はあ……深瀬さぁん」 「なんだよ……ほんっとうるせーなお前……情けない声出してんじゃねぇ」 「だって……うれしーんですもん俺……あー……俺もう……あー……」 「……なんだよ」 イった後の中野はまだ中に入ったまま、情けない顔をしていた。その顔を見ていたらなぜか泣きそうになってしまう。本当になぜかわからない。中野が俺を知り、今の仕事に辿りつくまでの様々な葛藤や悩みやあれこれを、瞳の色が語っていたからだろうか。 「すきです」 中野が心底うれしそうに、愛に濡れた言葉を取り出せば、清潔な感情が俺に移る。 中野に出会うまでの、他人と心を通わせることも、仕事に打ち込むこともなく過去にとらわれ過ごしてきた時間はなんだったのだろう。甘い汗にまみれた中野にきつく抱きしめられ、自分の生活が、常識が、過去が未来がすべて変わっていく。
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