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「今日付けで本社営業第2課から異動になりました、二村詩音です。よろしくお願いします」
入社して3回目の2月。
全国企業の東京本社に勤務している私は、スカイツリーの周囲を雪が舞う日に、課長に呼び出された。
「福岡に行ってくれないか?」
業績拡大の最中、産休に育休にと福岡支社で人が足りなくなっているらしい。
「いいなあ福岡。一度行ってみたかったんだよね」
「食べ物が美味しいらしいよ。やったね、詩音」
なんで私なの?と漏れそうになる不満を、職場の先輩や同僚の声で蓋をした。
東京生まれ、東京育ちの私にとっては、福岡は未知の世界だ。
慣れてきた業務や気のおけない仲間と離れ、ひとり一から始める不安を飲み込んで迎えた、福岡タワーが見える福岡支社の初日。
頭をゆっくりと傾けると、ぱちぱちぱちと拍手の合図。
顔を上げて見渡す。
10名にも満たない部署の皆が温かい笑顔を向けてくれて、ほっとする。
席はここだから、と新しい課長に案内される。
机には前任者が残した仕事関係の本が立てかけられ、引継ぎの書類が入ったクリアファイルが置いてあるだけで、きれいさっぱりしている。
と言っても、1週間後には書類とファイルで山積みになるんだろうなと、向かい合わせになった人の机を見ながら思う。
「二村さん」
はやく慣れよう、と決意したところで右隣から声をかけられた。
私より顔ひとつ分背の高い男性が、こちらを向いている。
挨拶のとき、いたっけ?
年齢は私より少し上の30歳位だろうか。折り目正しい真っ白なシャツにピンクのネクタイで、身にまとう色が端正な顔立ちにあっていた。
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