某県某所某国道沿い

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某県某所某国道沿い

話をしたい、顔を見ていたい、まだまだ眠りたくない。そういう夜は伊勢ちゃんを連れて車に乗り込む。出来るだけ遠くに行きたい。気付いたら知らない街の中で、帰り道を忘れ完璧な二人きりになっていたい。 「なんだこれこの道どうなってんの」 「えっこっち……? こっちじゃないですか?」 「いや違うでしょそっち入ったら出てこれなくなっちゃうよ」 「あっちょっと待ってそこ一通の標識が……!」 「あー……まじ……? あーまあいいやえーっと」 「いやよくないよくない」 「あ、ほら、大きい通り出れたやっぱ合ってた」 「合ってたじゃないですよ途中完全に一方通行逆走したじゃないですか」 「車来なかったからセーフ」 「いやアウトですよ警察いたら金とられてますから」 「でもほら見てあっち」 「あっ」 東の空が仄明るい。片側二車線の道路はゆったりとまるく湾曲を描いている。背の高い灯が湾曲に沿って、夜の静けさを残すように灯っている。 「海だ」 外灯の向こうに海が広がっていた。いつの間にかいくつもの坂道を越えて、海に辿りついていたのだ。 適当な場所に車を止め、砂浜に降りると、やわらかい砂があっというまにローカットのスニーカーに入り込んできた。伊勢ちゃんは臆すことなくスニーカーと靴下を脱いで素足になり、ぺたぺたと砂浜を歩いていく。それに倣って素足になれば、運転で緊張していた足の裏が、砂に埋もれていよいよ歩けなくなった。少し前を伊勢ちゃんが楽しそうに歩いている。歩けず、進めず、俺達はやっと二人きりになった。 「あー煙草吸いたいわぁ」 「持ってんの?」 「いやー……さっき吸ったのが最後の一本だったんですよね」 「俺の吸う?」 「いや、大丈夫です。来る途中コンビニありましたよね、トイレ行きたいしついでに買ってきます。あとタオルとかも欲しいし」 「車出そうか」 「いや、すぐそこだったんで。ちょっと行ってきますね」 そうして伊勢ちゃんは両手に片方ずつスニーカーを持ったまま、ぷらぷらと行ってしまった。進めない俺は黙ってそれを見送る。二人になりたくてやってきた海で、一人になってしまった俺は、ただ立ち止まって伊勢ちゃんの帰りを待った。 長い時間が経った。朝日はとっくに顔を出している。伊勢ちゃんは戻ってこない。きっと俺を置いて帰ってしまったのだろう。おかしいと思っていたのだ。最近あんまりキスしてくれなかったし、話していてもなんとなくそっけなかった。きっと俺のことなんかとっくに興味なくなっていて、別れるタイミングを伺っていたのだ。 伊勢ちゃんは俺を置いて、本当に好きな人のところに行ってしまったのだろう。分かっていても俺は忠犬のように、この場所で伊勢ちゃんを待ち続けるだろう。何時間経っても帰れないまま。 「高岡さーんっ」 振り返ると伊勢ちゃんがビニール袋とスニーカーを提げ、ふらふらとこっちへ向かってきていた。 「遠かったコンビニ超遠かった! 車で見た時は一瞬だったのに歩いたらすげー距離ありました……しかも裸足で歩いてたからなんか途中でビンの蓋? みたいなよく分かんないやつ踏んで超痛いし、そんでやっとついたと思ってコンビニ入ったら今度どっから来たか分かんなくなって最初ずっと違う方向に歩いちゃってて、海沿いってどこ見ても海だから今自分がどこ歩いてんのか分かんなくないですか、もうめんどくせぇから電話して高岡さん呼ぼうかと思ったんですけど高岡さん出ないし」 「あ……ごめん、スマホ車ん中だった」 「いやいいんですけどね俺が勝手に迷ってただけなんで、待たせてすいませんこれタオルと、ついでにハイこれ高岡さんの分」 渡されたのは缶コーヒーだった。俺の好きな銘柄だ。伊勢ちゃんの疲れ切った表情と、それでも慣れない環境に浮足立ってしまっている早口と、コーヒーの暖かさによって馬鹿みたいな妄想劇は終演を迎えた。言うまでもなく、キスしてくれないのもそっけないのも、すべて俺の妄想だった。 「スマホも持たずにずっと待ってたんですか? すいませんほんと。この時間何してたんですか?」 「……伊勢ちゃん」 「はい?」 「俺ね伊勢ちゃんのことちょーすき」 「……は?」 「だなって考えてた」 「……あ……そ、そうですか……」 強い風と波の音の中で、俺の自意識が拡張して砕けた。伊勢ちゃんはいつまで経っても唐突な「好き」に慣れず律義に頬を染める。ほんとうにかわいいと思う。コーヒーの苦みで頭が冴えてきた。朝だ、帰らなくては。
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