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めがね
(付き合いたて)
「おかえり」
その日、家に帰ったら眼鏡をかけた高岡さんとはち合わせた。
「え、高岡さんって目ぇ悪いんでしたっけ?」
「ん、高校ん時はたまに授業中に眼鏡かけてた」
「大学でかけてるとこ一回も見たことないんですけど」
「大学入ってからあんま真面目にノートとってねぇからなー……」
「裸眼でも見えるんですか?」
「一人のときは前の方座ってる」
そう言っている間も、目元には見慣れない黒縁がある。思わず目が離せなくなってしまいじっと視線を向ける俺に、高岡さんは苦笑いを返す。
「なに? そんなめずらしい? コレ」
「あ……いや……」
「まあ見慣れてないと違和感あるよな、ごめんな」
「えっなんで謝るんですか」
高岡さんは不安そうに眼鏡をずらすような仕草をした。
「謝ることじゃなくないですか? 目え悪いこと」
「まあそうなんだけど、驚かせてすいませんみたいな」
「めちゃくちゃ律儀……その律儀さ普段どこいっちゃうんですか」
「俺結構律儀なほうじゃない? 前戯も時間かけたい派だし」
「いつそんな話になったんすか」
なんにせよめずらしいという表現をつまり似合わないだとか、否定的なニュアンスで響かせるつもりはない。しかし放っておいたら、高岡さんのことだから否定的な意味に捕らわれてしまうだろう。誤解を招きたくないので、唇を噛みながら零したことばはとぎれとぎれだった。
「ちょ、っと、かっこいいですねめがね、ちょっとだけですけど」
ネガティブな彼氏はめんどうだ。こうやって俺の方から気をきかせて不安を拭ってあげなければいけない。高岡さんは、ぽかんと不思議な顔をしていた。
「……え? 伊勢ちゃんって眼鏡フェチなの?」
「は!? フェチってなんすか!」
「それなら早く言えよ、もっと前から眼鏡つかってたのに」
先ほどまで不安げな表情を浮かべて謝ってまでいたのに、その上眼鏡を外そうとさえしていたくせに、まったくこの人はゲンキンだ。眼鏡を正確な位置に戻し、うれしそうに腰をかがめて俺の顔を覗きこんでくる。
「見て見てー、めがねー」
「そっすね」
「伊勢ちゃん、めがねだよー」
「分かってますよしつこいな」
「どう? かっこいい? どきっとする? ときめく? 興奮する?」
「もー……まじで言わなきゃよかった」
かわいこぶった表情でにやにやと俺の顔を見上げる、目元も口元もいやらしくて腹が立つ。ネガティブなのにすぐ調子乗るとか本当にタチ悪い。だからこの人のこと褒めるの嫌なんだよ。
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家に帰ったら眼鏡をかけた伊勢ちゃんとはち合わせた。
「え、伊勢ちゃんって目ぇ悪いの?」
「いや、昔は両目2.0だったんですけどー、最近急に視力落ちてきたんで一応作ってみました」
俺の知る限り伊勢ちゃんはいつでも裸眼で、それが普通だったので視力の話などしたこともなかった。白い頬、大きな眼にレンズのきらめきが被さっている光景が新鮮だ。
「へー、かわいいな」
「なんすかかわいいって」
「似合うってこと」
「あ、やっぱそうですか! いやー俺くらいかっこいー顔してると何やっても似合っちゃうんすよね」
伊勢ちゃんは冗談めかしているが、そんな不自然な作り顔しなくったって、伊勢ちゃんは笑ってるだけでかわいいのに。むしろ泣いていてもかわいい。
「うん、すげー似合ってるよ、かわいい」
「……ちょっと待ってくださいここつっこんでくれないと俺がまじで自分のことカッコイーとか思ってる感じ悪い人みたいになるじゃないですか」
「いや、だって本当に似合ってるんだもん。すげーいいよそれ」
「…………あ、そうですか」
かわいい、と言うと少しむっとする。冗談をかわすと怒る。それでもすべてをすりぬけ正しく褒めれば、やっと俯いて頬を染める。唇のうわむき、首の角度、かわいいと言わずしてなんと言えばいいのだろう。
「かわいいよ、まじかわいい」
「あ、あんま言うと嘘くさいですよ」
「だって本当にかわいいんだもん。ほんっとかわいい。かわいすぎてそのまま顔射したくな」
頭をはたかれた。あまりにも自然に口だけが動いていたものだから、自分が何を言ったのか後から気づいた。伊勢ちゃんは素早く眼鏡を外しテーブルに投げる。
「……俺もう二度とめがねつかわないって決めました」
一応俺なりに褒めたんだけどな。しかし言いわけをすればすかさずまた殴られる気がしたので、しぶしぶ黙り込んだ。
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