連休明け、正午過ぎ、ラーメンは塩味

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連休明け、正午過ぎ、ラーメンは塩味

(付き合う前の高岡さん) 「高岡さぁ、彼女作んねぇの?」 学食の隅で一人、味の薄いラーメンをすすっていると正面の席が引かれ、無遠慮に腰を下ろした男がいた。顔を上げると、同じゼミの大瀬だった。そんで挨拶がそれかよ。 「……ここ座っていい? とかなんかあるだろ」 「だって聞いたらいやだって言うだろ」 「言うよ」 「だから勝手に座るんだよ」 大瀬は金欠に喘ぐ俺の前に、スペシャルランチに単品のメンチカツまでつけた贅沢なトレーを置いて貪りはじめた。 「そんで高岡彼女作んねぇの?」 「……うるせえ、ほっとけよ」 「だってさー、お前結構長く彼女いねぇんだろ? そのくせコンパもこねえし」 「んー……」 「今欲しくない、とかそういう感じ?」 「まあ……」 ラーメンに浮いた青菜を大瀬の皿の上にぽいぽいと避難させながら適当に頷く。この話題を引きずるつもりはないのだが、大瀬はしつこく広げてくる。 「そんなんでいいのかよお前、せっかくの大学時代に彼女の一人も作んねぇのかよ、つまんねえだろ」 「えー……」 「一緒に飲み歩いたり、ドライブで色んなとこ行ったりさー。高校んときのデートとは出来ること違うんだし」 「うーん」 「それに社会人になったら遊んでられねぇぞー」 「いやまあ、そりゃいたら楽しいだろうなとは思ってるけど」 「じゃあ作ろうぜ!」 かと言って作ろうぜ、といって作るのは違うんじゃないか、そもそも作ろうぜという表現もなんだか、と思っているけれど、きっと大瀬には伝わらないだろう。コシも何もない太麺を奥歯で噛む。 「うちのサークルの子紹介してやろっか? フットサーって実は女子数人いてさー、彼氏欲しいって言ってる子も居るんだけど」 「いーいー。俺運動大好きみたいなタイプ苦手だし」 大瀬が所属しているフットサルサークルは飲み会のノリが激しいことで有名で、いかにも楽しいことが大好きで元気を持て余しているようなタイプが多いのだ。俺はきっと合わないだろう。 しかし本当の問題はそこではなく、俺が「女の子」に興味がない、というところなのだが、大瀬はもちろん知るわけがない。 「じゃあどんなのがタイプなんだよ」 「……可愛い子」 「清楚系?」 「いや……どっちかって言えば噛みついてくるような子がいい。気ぃ強いとか、口悪いとか」 大瀬はいったん口元まで運んだメンチカツを皿に戻し、呆気にとられた表情で呟く。 「……知らんかった」 「そらそうだろ。あんまり人とこういう話しないからな」 「口悪い子が好きって、そんな奴はじめて聞いたよ」 そっちか。まあそれにしたって「そりゃそうだ」だ。恋愛対象になりやすいのは、愛想が良くて可愛くて、それこそ清楚な女の子だろう。俺は正解が見えないよう気を配りながら、男の子の話をしている。そして正解は、俺しか知らない。 「じゃあいかにも女子っぽい女子より、友達のノリに近いみたいな、男っぽい感じの方が好き?」 「ああそうだな、そういう子いいな」 大ざっぱだとか、よく食べるだとか、嘘が下手だとか、単純だとか。 自分と対照的なさっぱりした人格への憧れを突き詰めていったら、恋愛対象を女の子に限定する意味がなくなってしまったのだ。初めのうちは認めるのが怖ろしく散々苦労したけれど、一度「俺は男が好きなんだ」と割り切ってしまうと、重荷が解けた気がした。 自分が持てない圧倒的な清らかさに、強く惹かれ憧れてしまう。そして正直に言えば、俺はぶっ壊すという目的のために、純粋な部分に憧れているのだろう。 「男っぽい感じ、ねぇ」 青菜を口に放りこみながら大瀬が改めて呟くので、自分がヒントを与えた立場でありながら奇妙に緊張してしまった。なにもかも見透かされているという被害妄想に取りつかれる。だから恋愛の話が苦手なのだ。男の子が好き、そんで少しばかり乱暴できたらもっといい。俺は人に言えないことを抱え過ぎている。 ふと顔を上げたとき、ゆるい麺を飲み誤りそうになった。 正面に座る大瀬越し、一列向こうの席に、彼が座ったのだ。ゆるいシャツにカーディガン。いつも少し袖が長いため、掌が半分くらい隠れている。 男女グループの中央で、カレーライスを食べながら話の動きに合わせてちらちらと目を配らせ、相槌を打っている。しかしじっと見ていると、彼の興味が飛び交う会話より目の前のカレーライスに向けられていることが分かる。 学食のやたらと黄色いカレーライスはべたべたに甘く、肉の一片もない。それでもあんなに夢中になって、相当お腹すいてるんだろうなぁ。 「高岡?」 声をかけられ、視線を大瀬に戻す。大瀬は奇怪そうな目で俺を見ている。 「なににやにやしてんのきもちわる」 「えっ俺にやにやしてた?」 「してたよ。超してた。えっ自覚ない? やば」 「……思い出し笑い」 口元を拭う振りをしながら引き締め、すっかり伸びきってしまったラーメンに向き直る。しかしどうしても気になってしまう。心とは離れた場所で、視線は勝手に彼を追う。 「今気になってる子とかいねぇの?」 「え? あー……いや……」 「おっ!? その反応! いるのか? いるんだな?」 ずいずいと身を乗り出す大瀬の圧に気押された。一度持ちあげた伸びた麺を、もう一度スープに戻して口を開く。 「あのさ」 「うん?」 「ある子をさ……つい目で追っちゃったり、追ってるつもりがなくてもどこに居ても目についちゃったり、居るかなって探しちゃったり、見つけたら遠くから観察しちゃったりすんのはさ、気になってるってことになんの……かな……」 最後の「かな」はふやけて萎んでしまった。口にするほどに、ああなんか中学生みたいなこと言ってんな自分、と冷静に、恥ずかしくなってしまったのだ。しかし空気に触れた言葉の回収はできない。逃げ場を失い、込み上げる羞恥をかき消すようにラーメンをすすった。ゆるゆると曖昧な食感だった。だから恋愛の話は嫌なのだ。俺はただ、素直に。 「それは気になってるっていうかさあ、もうだいぶ好きなんじゃねぇの?」 一緒に酒を飲んだり、ドライブをしたり、あわよくば純粋な部分をぶっ壊したり。そういうことが、したいだけ。 あまりにも簡潔に正解を唱えた大瀬は、肩に彼を載せている。彼は、喋ってばかりで食の進まない集団のまん中で、早くも皿を空にして満足そうにして、なんなら少し眠そうな表情になっていた。かわいい、と思った。 ああそうだった俺は可愛い子が好きなのだ。
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