高岡さんはおモテになられる

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高岡さんはおモテになられる

「高岡さん紹介して!」 同じゼミの女子に、ひとけのないラウンジにめずらしく呼び出されたと思ったらこれだ。「奢るから」と交換条件のように提示されたリンゴジュースをちゅるちゅる吸いながら、冷めた目を向けざるを得ない。 「……なんで?」 「えー、だって高岡さんめっちゃかっこいいじゃん。伊勢仲良いんでしょ? 彼女いるのかなー?」 「彼女……は……、いないと思うけど」 嘘もつけず、曖昧な返事に落ち着いてしまう。たった100円の貢物と引き換えに明かすには、真実は重すぎるから。どちらにしても、思いが溢れてやや興奮気味の女子の前ではそんな事実に効力もないだろう。 「高岡さんて顔もかっこいいけどー、一途そうだし、すごいタイプなんだよね!」 「ふーん……」 「けっこう素っ気ないけど、ああ見えて実は優しいタイプみたいなパターンだと思うんだよねぇ」 なんだそれ、妄想じゃねぇか。美化されたイメージは鼻で笑い飛ばしたくなる。本当の人格とは離れた好印象で親しまれる姿は気に入らない、正直めちゃくちゃに気に入らない。 「いやー……? 俺あの人けっこう変態なイメージあるんだけど」 「ええ? そんなことないでしょ」 「女の子の前ではそういう一面出さないだけでしょ。実際は変態だよ。ド変態」 「えー、そうなの? でも高岡さんだったらそれはそれでありかも」 なんでもありじゃねぇかよ! それはきっと女子のイメージする「変態さ」が生ぬるいからに違いない。言ってやりたい。あの人の正体を暴いてやりたい。 昨日は布団に寝転んでゲーム機をいじっていたら、高岡さんが後ろから抱きついてきた。しばらくそのままでいると、ふいに高岡さんがもぞ、と動き腰に熱さを感じた。「なにしてんですか」とつぶやくと「伊勢ちゃんいい匂いする」とささやかれ、その後情けない声で「勃っちゃった……」と小さく白状された。 そのまま突入した行為の最中、高岡さんは中に指を埋めたまま、俺の耳元に口を寄せ「……おもちゃつかいたい」とささやいた。その言葉だけで胸が痛くなり、高岡さんはうれしそうに「いま、指しめつけられた」と言った。 それから高岡さんは指をぬいて立ち上がり、クローゼットの隙間からあるものを取り出した。そんなものいつの間に購入したのかと絶句した。 「あー、高岡さんと付き合いたい!」 俺が回想に浸っているあいだも、女子は理想の高岡さん像を語りつくす。そしてほっこりと息をついて、改めて噛みしめるように言った。 「……やめた方がいいって」 「えー、なんでよ?」 取り出された淫猥な形のおもちゃはなぜか黒く、その視覚的迫力をそのまま示すようにえげつない動きをした。直前で怖気付いた俺は、やっぱりやだむりやめてやだ!と首を振ったけれどやめてもらえず、なだめられながら挿入され、スイッチを少し入れただけで腰を持ち上げて大きく反応してしまった。 そのリアクションで俺のいやいやが本物だったことに気付いたらしい。すぐに抜いて、それから高岡さんのものをゆっくり入れてきた。ごめんね、と言われたので、だから言ったじゃん、と半泣きのまま訴えたら、甘えるような曖昧なキスと明確な腰の動きでごまかされてしまった。 ――なんて話が、できるわけもなく。 「な、なんでって……なんとなく」 「あ、分かった。伊勢嫉妬してんでしょ」 「は!?」 「自分より高岡さんの方がモテるから面白くないんでしょー」 「い、いや、ちがう、それはちがうけど……!」 突然飛び出した「嫉妬」という言葉に、心の真ん中を射抜かれたのかと思った。続く言葉を選ぶことに夢中になっていたから、後ろから忍び寄る影に気付かなかったのだ。 「よ」 「あ、高岡さんっ」 「あー……どうも……?」 GPSでも埋め込まれてんじゃねぇかと思うほど、どこにいても高岡さんは正確に俺を見つけ出す。俺に声をかけた後、隣の女子に名前を呼ばれ『どうも』と返しながら、高岡さんの顔には誰か分からない、と書いてある。しかし好印象でコーティングされた女子には、その冷たさは響かない。 「実はいま、高岡さんの話してたんですよお」 「え、なに? 悪口?」 「いやいや、高岡さんって、恋人に優しそうだなって伊勢と二人で話しててぇ」 女子の言葉を聞いて、高岡さんがちら、とこちらを見たのが分かった。俺が言ったんじゃねぇから! と言ってやりたい気持ちをこらえ、うつむいてストローを噛む。本当のところがどれだけ伝わったかは知れないが、高岡さんはその場に腰を下ろしてうれしそうに話し始める。 「ああ、めちゃくちゃ優しいと思うよ、自分でも」 「へぇ~!」 「毎日手料理も作ってあげるし、どこ行くにも送り迎えするし、めちゃめちゃ甘やかしてあげるよ」 「えー、やばーい! 高岡さんの恋人超幸せものですね!」 「うん、俺好きな子のためならなんでもできるもん」 女子はとろりとした羨望の目で高岡さんを見る。高岡さんはいつになく自信に満ちた表情で、俺しか知り得ないことを露呈してしまう。うつむいたまま、残り少ないジュースを飲んでいると膝になにか当たった。うつむいたまま、膝に目を向ける。 高岡さんの指先が、膝をこつこつと叩いている。お前の話だ、と指し示すように。やがて手のひらで膝小僧をつつまれ、それにも無反応を続けていたら、いたずらな指先が太ももの方へ滑っていった。 耐えかねて立ち上がると、二人の視線が俺に集中する。 「……かえる」 「あーじゃあ俺も帰ろ」 女子は引きとめるようなことを言っていたが、俺には無関係な話だ。ラウンジを出ると西日が目を焼き、冷たい風が頬と耳を冷やして高ぶった俺を冷静にさせる。すぐさま追いかけてきた高岡さんは、はじめから冷静だった。 「伊勢ちゃん」 「……」 「拗ねんなよ」 「……別に拗ねてないですけど、何に拗ねるんですか」 「伊勢ちゃん、俺のいない場所で俺のこと褒めてくれてるんだね」 「違います。あれあの子が一人で喋ってただけなんで勘違いしないでください」 「やっぱ拗ねてるじゃん、どうしたの?」 「拗ねてないですって! ただ高岡さんが堂々とあんな話すると思ってなかったから……!」 振り向かないまま、まっすぐ帰路を見つめたまま声を荒げる。高岡さんは、心底分からない、というようにつぶやいた。 「なんで怒ってんの? 本当のことしか言ってないじゃん」 だからムカつくんじゃねぇかよ、とは言えるはずもない。自分がどれほど甘やかされ、幸せな環境にいるのか知らしめられて照れているなんて言えるはずがない。うれしそうな高岡さんの口から零れた言葉を思いだして、再び赤くなった頬を見られないように、パーカーのフードをかぶって足を速めた。
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