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部長に連れられてニ軒目までご馳走になったものの、結局久遠さんとは大した会話を交わさずに終わりを迎えた。
「今までありがとう。お疲れ様でした」
「今まで、お世話になりました」
部長と課長を見送って、
「桐生さん、絶対また会いましょうね!」
「桐生ちゃん、お元気で。またキャンプ行こうな~」
佐久間と坂下と、
「桐生、本当にお疲れ様。今までありがとな」
その声に、ようやく真正面から顔を合わせて、思うのは
「……こちらこそ、ありがとうございました」
ああ、すきだな。
そんな刷り込まれたような感情を未だに燻らせている。
久遠さん達が揃って駅へ向かう姿を見届けた私は、くるりと背中を翻した。
……よかった。泣かずに済んだ。
でも、心と身体がずっとふわふわしている。飲み過ぎたお酒のせいだろうか。
正直、これが最後だって実感が湧かないのだ。
送別会は新宿だったので、駅に背を向けて夜道を歩いていた。未だ宿泊してるホテルの最寄り駅だ。この道も大分見慣れてきたけれど、家は先日決めたから、来週にはもう引っ越しだ。
なんだか、時が経つのに、心が追い付いていない感覚がする。
「――待って、」
「っ、なん、ですか」
背後から腕を引かれて、びくりと顔を上げれば、走ってきたであろうその男は、荒い息を吐きながら私を見下ろした。
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