好きの二乗の砂糖漬け(リーマン / 高校時代の後輩×先輩の再会)

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好きの二乗の砂糖漬け(リーマン / 高校時代の後輩×先輩の再会)

年下にこんなに憧れたのははじめてだ。 まず話し方が好き。言葉の一文字一文字がくっきり浮かび上がるような、低く落ち着いた話し方が好き。だからと言ってポソポソ喋るのではなく、喜びや悲しみを人一倍大胆に表現する感受性も。感情的に大声を出したりするのではなく、少し早口になって、適切な言葉を導き出すために脳みそがぐるぐる回転しているのが見て取れる言葉遣いも。 「お久しぶりです、日川さん」「増田久しぶりだな、何飲む?」「同じやつで」「飯は?」「腹減ってなくて」「あーそう」ってただそれだけ。そんで今の仕事のことをぽつりぽつり話して、昔こいつが好きだったゲームの新作の話をしてみたけど反応が鈍くて、ああもうゲームとかなんとか、そんなもんは好きじゃねぇのかも変わったのかも俺の知ってるこいつじゃないのかも、と思った矢先。 「あの、今日、このあとって予定ありますか」 「ん? ないけど」 「日川さんの家、行きたいです」 ってそれだけ。めちゃくちゃ興奮した。俺のかわいい後輩は、何ひとつ変わっていなかった。 「っ、は」 「んっ……!」 家についてすぐ、駆け引きのひとつもなしに増田の唇に噛み付いてみたら、驚いて目を見開いた、その表情もあの頃とまったく同じだった。本当に興奮する。本当にやばいくらい興奮する。好きな男が淡々と過ぎる時間に逆らって、そのままでいてくれたことがうれしくて仕方ない。 「ちょ、待ってください……っ」 「何? したくないとか言わねぇよなあ、ここまで来て。ヤリたくて来たんだろ?」 「ちが、そういうわけじゃ……!」 何か話したそうな増田を無視し、足元にしゃがみこんでスーツのベルトを外す。抵抗したいのなら、たくましい膝を持ち上げて下からあごを蹴り上げてくれれば俺の身体なんて簡単に吹っ飛ぶのに、こいつはそういう野蛮なことをしない人間だった。好きだ。 「なんか懐かしいなあ、よくお前と部室でしゃぶりっこしたよな。今考えると結構スリリングだったのによくやったよ、思春期ってことかねえ……」 スーツを脱がせたときにはすでにゆるく頭を持ち上げていた性器を、下着越しに撫でながらつぶやく。下着から取り出し口に含むと、塩辛い味がした。ああ、これだ。卒業してから一度も味わっていなかった味。 「っふ……」 「あ、日川さん……っ」 増田が何か思うことがあって、俺に何か言いたそうにしていることには、とっくに気づいている。それでも冷静で現実的な言葉に行為をとがめられないよう、じゅっと強く吸い上げたら、いよいよ頭を押し返されてしまった。 「なんだよ、往生際悪いな」 「ちが、違うんです俺。ほんとにこういうことじゃなくて、日川さんとちゃんと話したくて」 「酒飲んでるときだってロクに話さないまま俺んち来たがったくせによく言うよ」 「それは、いざ日川さんを目の前にしたら混乱しちゃって……久しぶりに会えて、言いたいことたくさんあるんです。日川さん、卒業式も出ないでさっさといなくなっちゃったから……」 「そうだっけ?」 「そうですよ。俺、日川さんに会いに卒業式行ったのに結局会えなくて、それから連絡してもロクに返してくんないし……」 そうだ。あの頃の俺は、たまたま自分の方が年上だったっていうだけの、たったそれだけのクソみたいにつまんねぇプライドに守られて、背伸びをするしかなかった。聞き分けがいい振りをして、現実を見据えた格好をして、何も言わずに増田から離れた。本当は好きだった。めちゃくちゃ。プライドとか上下関係とかそういうものを丸めてゴミ箱に突っ込めばうまくいくならすぐにそうして、好きだよ抱いてよ離れないでよとすがりつきたかった。現実は残酷なので、プライドを捨てたら先輩でも恋人でもなんでもない俺が残るだけだ。それなら二度と会えない相手だと割り切る方が楽だった。 「……お前こそ、急に連絡してきたかと思ったら職場が近くなったから仕事帰りに飲みに行きましょうなんてもっともらしい理由つけやがって。お前の同級生に聞いてみたら、転勤してきたの3ヶ月も前らしいじゃん? こんな訳わかんねえタイミングで連絡してきたのはヤりたかったからだろ?」 「違います! そうじゃなくて、日川さんに連絡したら甘えてしまうのが分かってたので、なんていうか、ちゃんとした大人になってから対峙したいと思って……」 「……」 「日川さんが高校時代の延長としてただヤりたいって言うなら、ごめんなさい、俺はできません。そうじゃなくて、今の俺のことを見て、それでもしたいって思ってくれるなら、したいです。すみません、こんな格好悪い俺に偉そうなこと言える権利はないんですが……なんていうか……」 好きだ。 好きだ好きだ好きだ。学生時代もそうだった。こいつはこういうやつだった。人前で弱音が吐けなくて、自分を責めることしかできない不器用さが好きだ。弱音なんていくら吐いたっていいのに、そんなことで嫌いになるわけがないのに、少し漏らしたあとで自己嫌悪する真面目さが好きだ。自分で道をふさいだあとどうしようもなくなって迷子の犬みたいに立ち尽くし、頼りたいけど甘えたくはないという我侭を溜め込んだ思慮深く熱い目で見つめてくる姿が好きだ。 「……しょーがねぇなあ」 そんな人に、したいです、なんてすがるように懇願されたらひとたまりもない。もーベッドとか行かなくていいからここでいいから今すぐ抱いてぐちゃぐちゃにして、って言いたいけど、ため息をつきながら、付き合ってやっている、という小芝居をして寝室まで手を引っ張っていった。今日の朝、わずかな期待を最大限膨らませてベッドメイクしたシーツの上に腰をかけ、シャツを乱暴に脱ぐ。そんな状況にいても、増田はまだ半分固まっている。 「ひっ、日川さん、い、いいんですか」 「……『ちゃんとした大人』なら察しろ、バカ」 あえておとな、の部分をくっきりと発音してやったら、うまく増田の癪に障ることができたらしい。乱暴に肩を押さえられ、ベッドに押し倒された。最高に興奮した。もうこのシチュエーションだけで卒倒しそうなのに、口を塞がれ身体をまさぐられる。 「っふ、んあっ」 「は……っ、日川さん」 こうしたかった。ずっとこうしたかった。学生時代からずっと、こうやって増田に少し乱暴に押し倒されて、荒い息でのしかかられて強引に舌を絡められたかった。増田だったら、無理矢理ヤられたってよかった。こういう妄想でオナニーをしたことなんて何回もあった。現実になるはずがないと思っていたから、勝手な妄想で増田を汚してしまう罪悪感もなく明け暮れていた。それなのに現実になってしまった。 「はあっ、日川さん、肌すべすべ、きもちい」 「んっ、あ、乳首っ……やめ……」 「はは、ここ弱いの? 日川さんかわいい……」 決してスマートなセックスではなかった。俺は身体すべてが性感帯になってしまったようで、増田の一挙一動に反応して自分でも聞いたことがないような声をあげていたし、増田も増田でいやに饒舌で、少なくとも高校時代、部室で寡黙に行為だけをこなしていた頃には身に覚えのない振る舞いをしている。左手で乳首を触りながら右手で性器を握りこむような、早急な行為はあの頃見たことがない。それでもあの頃も今も、ひとつも変わらず俺は増田が好きだ。 「あっ……ま、す……、やめっ……あっ」 「やめないよ、やめれるわけないじゃん」 くすぐったくなるような甘い愛撫のあと、強い指先でぎゅっと責め立て、白痴のように開いたままの唇を舌でなぞられ、首すじには歯を突き立てられる。あっという間に下着を剥ぎ取られ、すぼみに指を入れられていた。快感に押し流されていたから、このあたりから記憶がない。 「いれるね、日川さん」 静かな部屋に響くその言葉に、ああまだ入ってなかったんだ、と思ったくらいだ。セックスの本番と言われている挿入がなくったって増田とのセックスはずっと本番。気持ちよくて幸せで頭の中がふわふわで何も考えられなくてただ気持ちよくて涙が出る。そこに挿入が加わったら、痛みとか違和感とかそんなのぶっとばしてしまった。 「っあ、すきぃ」 それは思わずこぼれてしまった言葉だった。あ、間違えた、と、夢見心地な状態から一気に覚めて目を見開いてしまう。間違えた、こんなに簡単に言うつもりはなかったのに。高校時代に苦しいほどしぬほど溜め込んできた言葉だから、大切に大切に発音しようと思っていたのに。増田は覆いかぶさったまま、目を丸くして驚いていた。俺の好きなあの顔だ。 「っえ、なんですか……?」 「す、き」 まさか聞き返されるとは思わず、そして頭も働かず、もういちどはっきりとつぶやく。増田は、分かりやすく困惑していた。 「えぇ……」 「……なに驚いてんだよ」 「そりゃ、驚きますよ……寝ぼけてるんですか……?」 「てめぇ、その言い草……」 「いや違うな、きっと俺が寝ぼけてるんだ」 「……おまえ」 「こんな、俺に都合のいい状況、あるはずない」 その一言にはすべてがつめこまれていた。増田が俺と同じように思いを強引に飲み下していた過ごしていた高校時代、卒業後の空白時代、そして今日会ってから今の今までの増田の思いが、一人ごちた言葉につまっていた。その思いは昔と変わらない、そして俺と変わらない。はじめから同じ思いを抱えていたのに、ばかみたいに遠回りをしてしまった自分たちが情けなくて笑ってしまう。 「すきだよ」 繰り返したら、増田の情けない声と鼻をすする音がとろけた脳内に響いた。腕を伸ばして頭を抱え込み、俺自身も見えないところで少し泣いた。 きっと高校時代の二人なら、本音を交えたセックスでこんな風に泣いたりしなかっただろう。大人になるのは愛おしいことだった。
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