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嗚呼、麗しの名手様(野球選手×熱狂的ファン / 変態ストーカー受け)
そもそも私生活などないように振る舞っているのには理由が三つあり、一つ目は実力だけで注目を浴びたいということ、二つ目は元来個人的な情報を開示するのに抵抗があること、そして三つ目は、めんどうな輩の餌食になることだけは避けたかったということ。例えばこのような輩だ。
「なにがしたいの君は……」
「すみません、ファンなんです」
彼は四日前から毎晩我が家のチャイムを鳴らす。見るに年齢は同じくらいのようで、なにより男性だったために古い友人だろうか名前はなんだったろうかと考えを巡らす俺に彼は言った。「越谷選手ですよね、ファンなんです。会えてうれしい。また来ます」。そして宣言通り毎晩訪ねてきては楽しげに俺の顔を眺めて帰っていく。いたずらにしても、毎晩続くと気味が悪くてたまらない。
「どうやって家を特定したか知らないけど、君がやってるのはストーカー行為だよ」
「はい、そうですね」
「分かってんなら話は早い。警察呼ぶから動くなよ」
「どうして? 僕まだあなたの部屋に一歩だって入ってない。不法侵入も器物損壊もしてないですよ?」
「……ちょっと黙ってろ」
面倒なので警察の前に所属球団の職員に連絡することにした。電話帳で、もっとも信頼している人間を呼び出す。
「あ、もしも……」
ぞわ、とした。違和感を覚えた下半身に目を向けると、いつの間にかそいつが俺の足元にしゃがみこみ、俺のゆるい家着を勝手にずらしてあろうことかあらわになった性器を口に含んだのだ。呆気にとられる俺にかまわず、そのままじゅぽじゅぽいやらしい音を立てながら高速フェラがはじまってしまった。耳もとで職員がもしもし、もしもーし、と語りかけている。
「す、すみません、間違えました……」
様々な手段を描いたがやはり電話を切るしかなく、俺が通話終了ボタンを押す様をそいつは挑発的な目で見上げていた。
「このやろ……!」
距離を持ちたい一心で、衝動的にそいつの腹部を蹴りあげてしまった。ひょろりとした身体は簡単にふっとんで廊下にうずくまったので、しまったやりすぎたかと不安になった。強気に警察をちらつかせていたのに、手を出してしまったら終わりだ。そいつは汗を浮かべる俺を見上げ、へらりと笑った。
「へへ、痛ぁい」
「……お前は間違いなくストーカーだし変態だよ、出ていってくれ」
「でも越谷選手、まだガッチガチ」
そいつはうっとりした眼を俺の腰もとに向けている。俺がどれだけ被害者の声をあげようとも、下半身には余韻が残ったままだから説得力は半減する。
「この状態で警察入ってきたらどうなりますかね? あの世界的名手越谷選手は、腰元のバットもご立派だった! なんつって、へへ」
「……頼むから帰ってくれ」
「お願い、一発だけやってくれたらそれでもう金輪際つきまといませんから。お願いします。ファンなんです」
サービスも営業活動のひとつですよなんて職員に言われたときは、俺はアイドルになったつもりなんかないのだと憤りを覚えた。刷り込みって怖いものだ、俺は、ファンだけはむげに出来ない身体になった。
「俺のことを掘りたいってわけじゃないんだな」
「もちろん。僕そんなヘンな趣味まったくありませんから。越谷選手にガンガンに掘ってもらいたいだけです」
それは俺からすればそれも十分にヘンな趣味であったが、そんな変人を同意の上招き入れてしまった以上、何も言う資格はない。やたらきょろきょろしながら後についてベッドルームに入ってきたそいつは、身勝手にもベッドに大の字で飛び込んだ。
「あー……越谷選手のにおいぃ……」
「おい、どけお前」
「へぇ?」
「俺は寝てるから、やりたいことあんなら勝手にやれ」
そいつを壁がわに押しやると、仰向けに寝て目を閉じた。後悔が身体中を蝕む前に、自らマグロになって相手の欲求だけをさっさと発散させてしまおうと思ったのだ。
「身も心も僕に預けてくれるってことですね感激です越谷選手! 失礼します!」
「いや少なくとも心はあずけてな……」
訂正する暇も十分に与えぬまま、そいつはさっさと俺の性器を口に含んだ。再びはじまるねっとりとスケベな舌の動きに言葉は飲みこまれ、熱っぽいため息しか漏らせなくなってしまう。
「はぁ……俺のフェラでこんながっちがちになってくれるなんて……感激です越谷選手ぅ……」
そいつの目からはハートマークみたいなのがいっぱい溢れていて、きっと一瞬でも冷静になってしまったら萎えて恐怖心を抱くタイプの人間だろうに、どういう訳かフェラチオがめちゃくちゃ上手いので冷静になる暇などない。
「あぁもったいない……ガマン汁こぼれちゃうのもったいないよぉ……」
じゅるじゅる音を立てながら先端に溢れる汁を吸い取ったそいつは、ふいにがばりと起きあがり腰をもじもじ揺らしながら服を脱いでいった。
「越谷選手ぅ、僕もう我慢できないんでおじゃましちゃっていいですか……?」
いやいや「おじゃまする」ってお前、とつっこむほどの冷静さなど持てず、それどころか返事だってままならない俺は、超絶テクに脳髄まで溶かされたまま騎乗位に持ち込むそいつの自由な四肢を見上げるだけ。
「う、あ……っ」
「あっは、おっきい……しかもちょーどいい長さですね大好きなとこにフィットしてますもんあぁ越谷選手だいすきほんとすき……」
こんなにすんなり入るものなのかもしかして準備してきていたのかさらにもしかしてここに通っている数日間ほんとうは毎日準備をしてからきていたのではとか、様々な憶測が入り乱れる頭はすぐさま熱と窮屈さと大胆すぎる喘ぎ声に乗っ取られてしまう。
「んんぅ、んっ、んああぁん!」
「はぁ……っ、ん……!」
「あぁっ、あんっ、あぁ、越谷選手うぅだいすきぃ!」
体当たりみたいなセックスで、身体中に快感の電波が走る。球技で高みを目指すことと欲を剥き出しにするセックスは対極にあり、普段は野球を優先している分しまいこんでいるものが、そいつによってすべて暴かれているようだった。無意識に漏れる自分の喘ぎ声に対し、俺はこんな声が出るのかと驚いたくらいだ。
体力の消耗とともに最初の衝動が薄れてきてもそいつは甘ったれた声でだいすきだいすきと繰り返すばかりだった。俺は勢いをつけて身体を起こし、その口もとを手で覆う。
「お前っ……うるせーんだよ声がでけぇんだよ……!」
「んあ……、越谷選手は対面座位が好きなの……?」
「ちげぇよ話聞いてんのか、お前声がでかすぎんだよ」
「俺はねぇ、越谷選手とセックスできるんだったらなんでもいいなんでもだいすき」
近くで見るとそいつはきれいな顔をしている。口も目も、心底嬉しいときにしか生まれないであろうやさしい湾曲を描いている。距離が近くなったことで相手への興味がつい湧いてしまった俺と同様、そいつもそいつで俺の顔をまじまじと見ながら、ふうっとため息をついた。
「越谷選手は僕のあこがれなんです。病気にさえならなかったら僕も越谷選手みたいに野球やってたと思うんです、でも今も越谷選手は僕のヒーローだから」
そうだそいつはファンだ、ただのファンなのだ。それ以上でも以下でもなく欲求に素直で子どもみたいなファン。そんでスケベで、セックスがうまいファン。
俺はそいつの身体を支えながら、シーツの反対側へ押し倒した。騎乗位からスタートした行為はぐるりと回って正常位に辿りつき、そいつの目はさらにとろんとろんになる。
「んあっ! ……あ、すっごいこの角度越谷選手のおっきぃのごりごり当たるぅ……」
「ちょっと黙ってろ」
隙を見つけては喋り出してしまうのが煩わしく、唇に噛みついてふさいだ。そいつは一瞬目を見開いたあと、逃がしまいと舌と唇をからめてきた。フェラだけでなく、キスまでもがとんでもないくらいの快感を生み、俺は頭もなんにも動かず相手が変態ストーカーであることも忘れ、ただただ腰だけを動かし、ついには確認することもなく自分のタイミングで射精した。中出しだ。ここまで自分勝手なセックスをしたのは生まれてはじめてだったので、射精のあと不安になってそいつの顔を覗きこんだ。
「あぁ……すっごい出されちゃったぁ……すきぃ……」
怒られるかと思えばそいつは、とろんとろんの目で射精という事実そのものに興奮していた。ふと見ると、そいつも俺の到達を感じながら射精していたらしく腹部に白濁液がこぼれていた。本物だ。俺が思っていたよりずっと、本物の変態だった。
しかし、さすが男同士というところだろうか。行為が終わるとそいつは余韻を味わうでもなくあっさりと身支度を始めた。帰りたくないとごねられるのではと思っていた俺が恥ずかしさを覚えるほどに。
「おじゃましました。あと最後にすみません、駅ってあっちですよね? いつも迷っちゃうんです」
「あ、あぁ。駅ならその方向だけど……それより、この時間電車ないけどどうやって帰るんだ?」
「あ、そっか。終電出ちゃってますね、じゃあ歩いて帰ります」
そんな風に言うので近所に住んでいるのかと思ったが、聞いてみれば自宅は歩いたら二、三時間では到着しないような場所だった。驚いて聞き返すと「歩いたことあるけど、案外だいじょうぶでしたよ」と笑う。
「しょうがねぇな」
「え?」
「とりあえず朝まで。始発の時間までなら、ここにいていいよ」
「越谷選手……! すごい、なんて優しいんですか。感激しました!」
「病気だって聞いてる以上、そんな距離歩かせられないだろ」
そいつは目を輝かせ、再びベッドにダイブする。本当はソファで寝てもらいたかったが、そいつは寝る姿勢に入っていたし俺もすっかり疲れていたので、そのまま添い寝する形になった。セックスのあとは多くの壁が既になくなっている。ぼんやりと眠りに落ちていくまでのあいだ、ふと思い立って聞いた。
「そういやお前どんな病気なの?」
「なにがですか?」
「病気で野球辞めたって言ってたから気になって……いや、言いにくかったら無理に聞かないけど」
「ああ、俺じゃないですよ?」
「は?」
「入ってたスポーツ少年団の監督が病気で、なんだっけ、ヘルニア? とかで少年団解散しちゃって、野球辞めたんです。それがなかったら今もやってるかなーって」
「なんだそれ……!? お前ふざけてんのか……!?」
思わず起きあがった俺を見上げ、そいつはふふ、と小さく笑った。
「越谷選手だーいすき」
そして目を閉じて眠りに落ちていく。呑気な寝息を聞きながら、頭を抱えてしまった。俺はとんでもないものに懐かれてしまった、自由気ままでかわいらしい、無敵のファン様だ。
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