路地裏の宇宙(大学生 / 美形×平凡)

1/1
前へ
/16ページ
次へ

路地裏の宇宙(大学生 / 美形×平凡)

横森くんを初めて見た感想は、ああさすが都会、だった。 とはいえこの地方都市も東京からは少し距離があるのだが、俺にとっては憧れの都会様だった。パルコも伊勢丹も109もあるのだ。駅前の飲み屋は翌朝の5時までやっている。 田んぼと畑に囲まれ、二両編成の電車と自転車で二時間かけて登下校していた俺には、すべて真新しく見えた。 横森くんは入学式のときから目立っていた。180cmを越えているであろう身長と、細くも甘やかな目元と、すきっとした細身のスーツ。俺は体育館に入ってから、イオンで安く仕入れたシーツの丈がなんとなく短いことに気付いてそわそわしていた。 入学してから数日目、よく知らないサークルの勧誘を断り切れず、ずるずるついていくと「シンカン」だと言われ居酒屋に連れていかれた。初めて飲む、美味しくもない生ビールの一杯で酔っ払った俺は、その居酒屋から近い場所で一人暮らしをしているという一年生の家に一泊させてもらうことになった。 それが横森くんだった。 「えっ? えっ、と」 「……なに君だっけ」 「あ、橋本です」 「橋本くん。橋本くんは酔ってたんじゃなかったの?」 「いや、酔ってる……酔ってる、のかな、わかんないけど」 「なんだ、意識はっきりしてるんじゃん」 残念そうに溜息をついた横森くんはそれでもやめようとしなかった。 家につくなりベッドに倒れ込んだ俺に、横森くんは楽にしてて、と告げてシャワーを浴びに行った。部屋は夜風が入り涼しかった。少しずつ視界が明瞭になっていった。 そして、そしてそしてなぜか、なぜだか、バスルームから出てきた横森くんは下着もつけないまま、俺に覆いかぶさって唇を寄せてきたのだ。 「えっ、あの、よ、横森くん?」 「んっ、なに」 「ふっ……ん、えっと、なにっ……?」 「……大丈夫俺も酔ってるだけだから」 「えっ、でも、酔ってるって言っても……っんう」 横森くんは何度もキスをする。徐々に、ごく自然に、舌を忍び込ませる。驚いて目を開けると、目の前で伏せられた横森くんの睫毛がさらさらと長く黒くて、そしてまた驚いてしまう。 口内を動き回る舌の熱さに呆気に取られ、目を閉じるタイミングが掴めない。唾液には味があるのだと初めて知った。キスの時はやはり目を閉じなければいけないのか。 というか、なぜキスをしているのか。 「っ、ふあ」 「……橋本くん……もしかしてこういうの慣れてない?」 「……し、したことない」 「わー、やばい、初モノかぁ」 そう俺はたったいま、貴重なファーストキスを奪われている。 そしてそしてそんなことより、目線をちらと下げると、横森くんのものが大きく形状を変えているのが見えてしまう。 「大丈夫だよ、優しくするから心配しないでね」 ああそんな台詞は聞いたことがある。実家の姉が読んでいた少女漫画。リビングに置きっぱなしにされていて、なんとなく手にとるとキラキラしたイケメンがそんなことを言っていたのでいけないものを見た気がしてそっと戻した。 そして今、イケメンが、そう確かに少女漫画みたいなイケメンが、俺に覆いかぶさって同じことを言っている。目を逸らしたいけど、逸らしてしまったら帰れなくなってしまう気もする。 横森くんが頭を下げ、れろ、と乳首を舐めた。同時に、反対側の乳首を親指と人差し指でむに、と摘まんだ。 「ふっ、あっ!」 「うわー、すっごい敏感」 「ちょちょちょちょちょっと待って、え、なにするの」 「ん? セックス」 「えっ、なっ……」 セックスってつまりそれは男のあれを女のあれにあれしてそれして。 クラスメイトの武勇伝で聞いていた話と、いつか俺もと考えていたものと、横森くんの涼しい顔と体中を這う掌の熱のアンバランスが、あまりにも噛み合わない。 「えっ、っと、横森くんは、ゲイなの?」 「いや、女の子も好きだから、バイ」 「バイ……」 「うん」 横森くんは平然と答えると、じゃあ分かったね、とでも言うように自己完結した潔さで俺のジーンズを下ろしてしまった。ジーンズを下ろされた感覚しかなかったのに、何故か俺のものは外気に触れていた。涼しい風の感触に、ぴく、とものが震えるのが分かった。 「あっ、ちょっ!」 「あ、なんだもう反応してるじゃん」 「や、やだ……」 「あは、本当に初めてなんだね、かわいい」 横森くんが姿勢を変えた、と思った次の瞬間には、その箇所が生温かい感覚に襲われた。驚いて頭を枕から浮かすと、横森くんの血色のいい唇が俺をくわえこんでいるのが丁度見えた。 「な! なにやってんの!」 「……ふぇらちお。」 「……ふっ、あっ、やめっ……!」 やめて、と抵抗の言葉を吐きながらも、目を伏せて舌を出す横森くんの表情から目が離せなかった。睫毛の長さはきっと女性的ないやらしさと同じ比率で伸びていくのだろう。 無垢そうな白い頬が赤い唇が、じゅるじゅるぐちゅぐちゅと卑劣な音を生みだす。腰がしびれた。 「あっ、あっ!」 「んっ……」 自分でする時と何もかも違うせいで、たった数分でほとんどハプニング的に精液を吐き出してしまった。横森くんは口で受け止め、喉を鳴らした。 「はぁ、はぁ……っ」 「ごちそうさま」 「えっ? の、のんだ? のんでないよね?」 「もーうるさいよ?」 体を起こし指先に何かをのせていた横森くんは、俺の太股をぐいと強引にこじあけ、指をぐい、と押し込んできた。生温くけれど冷たい感覚があった。 何をしているのかよく見えなくて感覚だけを頼るしかないけれど、ものを押し込めるような場所は、その部分にはそれしかないはずだ。 「えっ、ちょっ、や、やだ!」 「ん、すぐ気持ち良くなるからね」 「やだやだっ……そっ……あっ、ふっ」 「あー……ほんとに敏感」 何と比べられているのか分からないし、自分も何と比べればいいのか分からない。正解を求めるように横森くんの睫毛や鼻の先、口の端、眉の頭をちらちらちらちらと見てばかりいる。どこまでもどこまでも、隙のない人だった。 「あー……すごい良い顔するねぇ」 「……ふっ、んっ、う」 「ごめ……橋本くん」 「な、に……?」 「限界だー……」 太股をぐいと掴まれ、足の先が上を向く。耳まで熱くなるような情けない格好だったけれどもう抵抗もできない。横森くんの陰が顔に落ち、俺はおそるおそるそれを見上げる。 「大丈夫だから、心配しないでね」 横森くんはどこまでも女性的で、そしてどこまでもぬかりなく、紳士的なのだった。 「ふぁっ!!」 「痛いー……?」 「あっ、あぁ、っあ!!」 「力ぬいて、ほら、ふーって」 「ふ、ふーっ…………っく!」 「あ……」 「ふーっ、ふーっ……!」 「ん、ぜんぶ入った」 ぽた、と横森くんの汗が首元に垂れるのが分かった。こんなに涼しいのにどうして、と思ってすぐ、そうだアルコールを飲んでいたのだと、そうだ涼しいのは窓が開いているからだを二つ同時に思い出した。慌てた俺は急に、素面のような声を作った。 「よ、横森くんてお酒飲むたびにこんなことしてるの」 「んー、毎回ってわけじゃなよ。でもお酒飲むとなんか寂しくなっちゃう。人肌恋しいっていうのかな」 「こ、こういうのよくないんじゃない、相手の気持ちとか考えずにさあ、酔った勢いで襲うっていうかそういうの」 「えっでも」 横森くんのえっ、には、新たな社会の仕組みに気付いてしまった子供の無邪気さがあった。 「橋本くんって俺のこと好きだよね?」 ああこの人は、女性で紳士で子供でもあるのか。勝てない。勝てるわけがない。 「な、なんで!」 「見てれば分かるよ。今日も居酒屋で遠くからずっと俺のこと見てたじゃん」 「そ、そんっ、そんなっ……!」 「今日だけじゃないよね。ばればれだよ?」 「……っ!」 「俺もね、橋本くんのことかわいいってずっと思ってたよ」 横森くんがにぃ、と笑った。口の端に八重歯が覗いていることに初めて気付いた。あの八重歯はキスの時邪魔にならないのかな。次にキスした時に分かるかな。ああキスしてみたい。キスがしたい。 生まれて初めて苛まされた、それは確かに欲情の熱だった。 「んあっ、あっ、あっ!」 「橋本くーん……」 「はっ、あっ、んぅ!」 「窓開いてるんだよー……?」 「はっ、ごめっ、でもっ……うぅ、っあん!」 「はぁ……かわいい……」 動きながらえい、と顔を寄せがむしゃらに唇を貪ると、舌の端を八重歯で甘く噛まれた。ぴりっという軽い痛みに驚いて身体を揺らすと横森くんは「あは、締まった」と笑った。 どうやら俺はマゾヒズムの気まであるらしい。女性的で紳士で子供な横森くんの前で俺は、マゾヒズムでメンクイであることを暴かれてしまった。ああもう後戻りできない。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加