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僕は昔の僕ならず(高校生×社会人 / ポジティブバカ×流され平凡年上)
人や家が朽ちていくのにはまだ諦めがつくけれど、街までもが死ぬんだな。
18で上京してから、10年近く離れていた地元に戻ってきたらそこはもうかつての街にあらず、馴染みの店々は閉店して人もまばら、唯一新しく建った建物は特別養護老人施設だと聞いて泣きそうになった。しかし泣く暇もなく引っ越し作業と諸手続きと親戚への挨拶回りと再就職先の確保と、そんなことを続けてようやく解放された夜、自室に来客があった。窓から。
「洋ちゃんおかえりー!」
「おお、元気してたか?」
そいつは隣の家の、友哉という少年だった。7つだか8つも歳が離れているが、知らないうちに随分成長して背も俺と変わらなくなっていたし、髪も伸びていっちょまえにセットなんかしてやがる。それでも自分の部屋の窓から俺の部屋に飛び込んできて、キラキラした目で俺に抱きついてくるのは変わらない。
「元気だったよ。こっちだって心配してたんだ、洋ちゃん全然連絡くれないんだもん」
「心配してたのか、可愛いやつだな」
「あたりまえだろ、将来の旦那さまだからな」
純粋な目のまま、真っ直ぐに言われたから思わずたじろいでしまった。言葉に詰まったのを悟られないよう、強引に取り繕った平静であの頃よりずっと高い位置にある頭を撫でる。
「なんだそりゃ、お前今でもままごとやってんのかよ」
「洋ちゃんこそ何言ってんの? 俺のこと10年も放っておいて」
「いやいや、お前冗談……」
「洋ちゃんが引っ越すとき、俺『将来結婚してね』って言ったよね、洋ちゃん『いいぞ』って言ったよね?」
真摯なフレーズにぶわりと記憶が舞い戻った。そうだ、18の春。まだ小学生のガキンチョだった友哉は俺の引越しを知って、親御さんが呆れるほど号泣した。散々ごねた末、別れの朝真っ赤な目のまま挨拶に来た友哉は、確かにそう言った。俺は友哉をそれ以上泣かせたくなくて、承諾したのだ。
記憶が蘇れば今度こそ言葉に詰まったし、今度こそ動揺が溢れ出た。友哉はその一瞬を見抜いたのだろう、あの頃からは想像も出来ないような力を目にも止まらぬ速さで俺の身体へかけ、簡単に足元をさらわれた俺は、背後のベッドに倒れ込みそのまま腕をシーツへ縫い付けられてしまった。
「……本気?」
「本気」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃない。信じてよ洋ちゃん」
信じるとか信じないとかそういうことじゃなく、まさか信じられるわけがないのだ。記憶の中の友哉は小学生のまんまだし、記憶の中の友哉はまだ精通もしていなさそうなつるりとした顔で、友哉は、友哉は、少なくともこんな風に勃起したチンコを俺に擦りつけたりしない。
「ずっと待ってたんだよ。洋ちゃんのこと早く俺のものにしたいって思ってた」
声変わりした友哉は低く湿った言葉を耳元にこぼし、静かにキスをした。あまりに紳士的なキスだったのでただただ圧倒されて抵抗も出来ず、そうしているうちに友哉の手は俺のベルトを外していた。
「ちょ、っと待って」
「まった。10年待ったよ」
「いや…ちょ……あの……」
「洋ちゃんいつもオナニーしてる? いつしてる?」
「は……!?」
「俺さ、毎日やってるんだけどやっぱ変なのかな。友達も毎日はねぇって言うんだけど俺ふつーに毎日できるし、二回とか三回できる日もあるし、あっ毎日おかずは洋ちゃんなんだけど」
「ちょ……ぅあ……」
「そんな毎日やりたくなるのって今の時期だけだって先輩に言われたんだけど本当にそうなのかな? 俺洋ちゃんのこと考えたらいつでもどこでもヌける気がするし、それが当たり前なんだけどやっぱ変? 洋ちゃんはどう?」
「あ、ぁ……」
「あ、洋ちゃんも先っぽ気持ちいでしょ? やっぱり? そうだよね、俺勉強したもん。エロ系の雑誌とか本とかサイトとかすっげー読んだし女の子目線のラブテクニックみたいなやつも読んだし、いつ洋ちゃんが帰ってきてもちゃんと気持ちよくできるように準備しといた」
「ん……く……っ」
「あー感じてるね洋ちゃん感じてるでしょ。うれしい。俺フェラのやり方もちゃんと勉強したんだ。でも実践はまだしたことないから下手だったらごめんね」
「あ、お前っ……! ぅあ……っ!」
友哉は指先で俺を攻め立てたあと、あっというまに股間に顔をうめて宣言どおりの行為に出た。あふれ出た先走りをちゅるりと舐めたあと、ねっとりと熱い舌を上から下まで滑らせ時折くちびるであそばせたかと思えば奥までずっぽりくわえこんで、それはそれはもう。
退職、引越し、再就職と現実的な問題の前で彼女だなんだの色めきはおろか、自分での処理も怠っていた俺にとって、クソガキの奉仕がどれだけ刺激的だったか。そしてそんな刺激に流されることが、どれほどに屈辱だったか。
優柔不断で流されやすくて、だから仕事でも成果が出せないしだから結局都落ち。うるせぇ。自室の古い家具の裏から染み出してきた自己否定感に飲まれそうになったとき、ちゅぱちゅぱと唾液が滴る音とともに友哉の声が降り注いだ。
「あー、すき、すき、ほんっと好き、洋ちゃんだいすき、ずっとずっとすき」
でもそんな俺が狭い世界でボロボロにされている間も、この田舎町でこいつはボロキレみたいな俺を好きだと思っていてくれていたのだ。その上栄光の影を背負わずに帰ってきた俺に幻滅することもなく、精一杯の奉仕で迎えてくれる。
「あ、い、いく……あ、あっ!」
「ん、口ん中出して」
「んああっ……!」
「ん……」
「は、はあっ……」
「あー……すごい、これが洋ちゃんの精液かあ……」
「はぁ……っ」
「あー洋ちゃんかわいい、えっちい、すごい好き。だいすき。すっごい好き人生で一番好き」
友哉は口内に射精してしまったことについて怒らず咎めず、それどころかごく自然に吐き出したものを飲み込んでしまった。そして頬に情事の熱を写したまま今度は自分の下着の中に手をつっこんでいじりはじめる。
「洋ちゃんかわいいね、だいすき、うれしい、帰ってきてくれてうれしいよ、ずっとだいすきだよ」
友哉は短い人生をごく簡単に投げうって俺への愛を語りながら、ぐったりした俺を見下ろしてオナニーする。頬も吐息も興奮に濡れた、その無防備すぎる姿に達したあとの俺もぐらぐらしてしまう。
だってお前、多分だけど学校で結構モテてるだろ? ちょっと接点のある女の子なら簡単に付き合えるだろ? それなのに、こんなオッサンのことばっかり考えてそいつにご奉仕してあられもない姿まで見せる。お前ばかだろ。何やってんだよ。でも健気だな、なんなんだ。
「んあ……っ! はぁ……、洋ちゃん見てたら俺もいっちゃった……」
友哉は小さくうめいて、自分の手の中に射精した。早くて長い射精を弁明するかのように呟きながら処理をしたあと、再び俺に覆いかぶさってきた。
「洋ちゃんすきだよ」
「は!? ちょ、待てお前コラ!」
友哉は若さのせいかガッツのせいか、一回の射精ではおさまらないらしい。がっつかれてケツを揉まれればいよいよ貞操の危機を感じた。射精したのにまだ勃起したまま、首筋に吸い付いてくる友哉を強引に引き剥がす。友哉は不服そうにしかめ面しながらもやっぱりかわいい友哉だから、語気を強めれば耳を傾けてくれるのだった。
「そこまで!」
「えーなんで」
「なんでって」
「いいじゃんべつに」
「いや……お前、それは、その、あれだ、説明ができないから」
せめて10年前なら無知に身を任せられたかもしれないけれど、男同士で間違えるには互いに歳をとりすぎたし、この10年は人間を変えるには十分な年月だ。だからこそ友哉が心変わりなく過ごしていたことは、信じがたいほど奇跡的なことなのだ。
「うれしい。俺の親にもちゃんと説明して挨拶してくれるんだね!」
「は!?」
「それなら俺、もうちょっとなら待ってあげてもいいよ? どうせ10年待ったんだし」
「いやちが……説明ってあれだぞ、世間様に説明できないっていう……」
「とりあえず結婚式いつにしよっか」
「お前ほんっとお花畑だな!」
街も空気も俺自身さえ変わり果て、それでも友哉は変わらずに笑う。甘える。その健気さの価値に、若すぎる俺はまだ気付けていないのだった。
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