Happiness 幸福というもの

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19-2.  年を越してからも執拗に政恵から見合いを勧められた竜司だったが 首を横に振るばかりだった。  ある時竜司が言った。  「母さんはどうして僕が黒崎さんとの結婚を止めたのか聞かないんだね?」  「どうしてって、もちろんあなたから断ったのでしょう?」  「断られたんだよ、僕のほうがね」  「何なのそれ、何様のつもり、あの女」  「止めてくれよ、母さん。  頼むからこれ以上彼女のことを悪く言うのは。  顔合わせの日、僕や父さんの居ない所で彼女に酷いこと言ったんだろ? 黒崎さんが別れを選んだのはあの日の母さんの言動にあるのは確かだと思う」  「何言ってるの、反対だっていうことは皆の前でも言ったし、 黒崎さんとふたりきりの時も確かに言ったけど、酷いことは言ってないわよ」 「そんな嘘ついても駄目だよ、知ってるんだよ。  母さんがどんな酷いことを言ったのか全部」 「そんなの嘘よ。  言った本人だって今一言一句思い出せないのに。  黒崎さんにあること無いこと言いくるめられてるのよ、全部」  「嘘ぶくっていうことは、母さんが黒崎さんに酷い事を言い放ったという 自覚はあるんだね。  僕はね、母さんには失望している。  あんな信じられない非道な言葉を投げつけるような人の息子に愛情も 好意も一瞬で木っ端微塵になったことだろうよ。  長い間、その事を言い出せなかった彼女にとった僕の言動も今なら何て マヌケなことだったのかと判るよ。  何も察することの出来なかった僕は彼女との結婚を夢見て、母さんの 同意がほしくて見合いまでしていたんだから。  まるでピエロだよ、ハハハっ」  そう言いながら竜司は乾いた笑いを零した。  たまたま、このふたりのやり取りをいつもより早く帰宅していた 兄の稔が聞いていた。
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